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美少女はつらいよ

「あの、着替えてもいいですか? 外に出て、少しでも体と環境に慣れたいので」


「OK! 仕事熱心なのは大歓迎よ! ちなみに今回は初回プラグインだから、原則としては一時間程度。つまり、あと40分くらいでで元の体に戻ってもらうけどね」


 妹子さんはぐっと親指を立てそう言った。


「けど40分か。そう遠くにはいけないな、どうしよう」


 歩けるっても、ほぼよちよち歩きだしな。まあもう20分くらいあれば、マシにはなるだろうけど。それでも残り20分だ。 


「いやいや男の子。ここはあたしと一緒に女子会しよーぜ? 女同士の付き合いってのを大和撫子なあたしがレクチャーしてやるよ、ひっく」


 大和撫子こと、理奈さんはそう言うとイカげそを口に含みながら、下着姿であぐらをかいていた。いやあんた、全国の大和撫子に謝れよ。女子会に興味なくはないけどさ。


「だったら小田く――エレナちゃん。私と一緒に近くのコンビニへ行こうよ。ここからなら、歩いて5分もかからないよ」


 佐山さんはそう提案してくる。ああ、ここに来る前によったあのコンビニのことだな。まあ、残り時間を考えると妥当なとこか。


「うん。そこなら近そうだしいいかも。じゃあオレ、着替えてくるよ」


 更衣室は研究所の一番奥にあった。佐山さんがアンリにプラグインした時、駆け込んでいった奥にあった部屋がそうらしい。


「さて、と。スカートはかなきゃならないんだよな、オレ」


 オレに女兄弟はいないから、正直なところ女の子の下着や衣服に縁はない。だから、こんな短いスカートを手にすることも今までの人生で一度もなかった。そうだ。オレは今から――スカートをはく!!


 とりあえずシャツとスカートを床に置き、近くにあった姿見に全身を映すと……オレは意識が遠のきそうになった。


「やばい。エレナの下着姿。マジやばい……!」


 無垢な美少女の下着姿が目の前にある。下着姿っていうのは、ヘタな裸よりもエロい気がする。パンツとブラジャーで大事な部分が隠れている分、未知に対する期待感と好奇心が想像力をわきたてるものだ。この下は果たしてどうなっているのか……オレは今しがた佐山さんにはかせてもらったパンツを見て、ドキドキしていた。


 そう。パンツを脱いで下を見るのは簡単だ。けれども、それをやってしまったら大切なナニかを失ってしまうのではないか。だからまだこれはその時じゃない。オレはパンツに包まれたお尻をぽんと叩くと、改めて鏡の中の自分を見つめた。


「う……」


 しかし、女子の下着姿ってのは男の本能に訴えかけるモノがあるな。パンツと素肌の境界線といい、お尻のラインといい、ブラジャーから見える胸の隙間といい……。


「やば、また興奮してきた!」


 思わずオレはいつもの習慣で、少し前かがみになる。


「あそっか。アレがないからポジショニングを気にする必要はないんだ」


 何のポジションかというのはまあ、男ならわかるだろう。にしても……。


「オレ、可愛いな」


 自分で言ってしまうのもどうかと思ったが、まあ今オレ1人だし問題はないだろう。事実、エレナ可愛いし。


 そんな可愛い女の子が下着姿で、それも性的に興奮した様子でこっちを見ているのだから、心が男のオレは興奮しっぱなしだ。


「やっぱ、一人称変えたほうがいいよな。オレとかいう女の子って引くし。やっぱ私がテッパンか? いやいや一人称を名前にすれば、幼さが強調できて萌要素になる。はたまた……わっちでもいいか。いや? あえてギャップを狙って、オレもアリか?」


 うむむ、と。腕を組もうとしたところ、おっぱいが邪魔になった。だが、おっぱいが寄せられてなんだかエロい感じになっている。


 そうだ、いろいろポーズとってみよう。一人称はこの際どうでもいいや。


 鏡の前で1人盛り上がっていたオレは、きゃぴっとしたポーズや、セクシーなポーズをいろいろとってみた。ポーズ一つ一つに萌だえ苦しみながら、鏡の中の自分を抱きしめたい衝動に駆られる。どんだけ自惚れてんだ、オレ。


「おっと、何やってんだオレ。早く着替えなきゃ!」


 5分くらい時間が経過していたので、そろそろスカートをはくことにした。


「おい、スカートって……これはいて大丈夫なのか?」


 けっこう短いし、布も薄い気がする。こんなの後ろから見たらパンツ見えちゃうんじゃないか?


 ともあれ、いつまでも下着姿でうろうろするわけにもいかない。時間も限られている。オレは思い切って薄布に足を通し、ジッパーをあげホックをした。そして間髪入れずシャツも着る。ちょっと胸につっかえて、こそばゆい。


「靴下とかは渡されてなかったけど、こんなもんかな、うん」


 シャツとスカートを装備したオレは、改めて鏡を見た。


「目の前に女の子がいる」


 なんとも可愛らしい女の子が恥ずかしそうにこちらを見ている。おお、いい感じだ。


「こんな妹ほしいよなあ。まあ、中身がちゃんとした女の子ならいいんだけど」


「エレナちゃん。着替え終わった?」


 ちょっと時間をかけ過ぎたかな。佐山さんが心配した様子で更衣室に入ってきた。


「う、うん。似合う……かな?」


「うん! とっても可愛い!」


 可愛い。と、言われてしまったオレ。自分でそう思っていてもやはり女の子にそう言われるのは、微妙な気分だった。


「髪もお手入れしてあげたいけれど……あんまり時間ないし、いこ」


「うん」


 佐山さんに手を引かれるオレ。更衣室を出ると白いサンダルを渡され、それをはいて妹研究所を出る。


「ん」


 あまり早くは無理だけど、普通に歩くことは可能だ。


「私、妹が欲しかったの。エレナちゃんとこうしてると、本当に妹ができたみたいで嬉しいな」


 佐山さんはオレと手をつないだまま嬉しそうにそう言った。


「まあ、妹ロイドだしね。オレ」


「あ。妹子さんが一人称は『エレナ』だって言ってた。小田くんがエレナちゃんに入っている間は、絶対にオレとか言っちゃダメだからね」


「わかったよ。オレも一人称はどうしようか迷ってたし。……じゃなかった。えーと。エレナ、気を付けるね。……で、いいのかな?」


「うん。私としては、そこで舌をペロリと出してもよかったと思うよ。私たち、妹系アイドルなんだし意識していかないと」


「いや、それはさすがに無理だよ……」


 いやけっこうな無茶ぶりですよ、あなた。テヘペロとか女子歴30分のオレには重いわ!


「あ、エレナちゃんストップ!」


「え?」


 通路を抜けていざ階段を登ろうとしたところで、佐山さんがオレを引き留めた。


「階段、気を付けてね」


「大丈夫だよ、このくらい」


「そうじゃなくて……スカート短いから。見えちゃう、かも」


「うを!?」


 このスカートというやつの危険性を改めて認識する。ここは女性スタッフオンリーなので心配はないが、駅の階段やショッピングモールのエスカレーターに乗るときは男の視線を気にしなければならない。


 男子には解らない女子の苦労の一つってわけだな。


「なんでこんな短いスカート用意したんだよ、妹子さん!」


 自然とお尻を隠すしぐさをしていた自分に多少驚きつつ、階段を上る。


「それ、わざと短いのを選んだの。小田くんにスカートをはいたときの注意点を教えるために」


「あ、そうなんだ」


 以外にってのは失礼だが、妹子さんもいろいろ考えてくれているんだな。実はああ見えてけっこうキレ者なのかも。


 さて、だ。ビルの出入り口まで来たところで、一旦立ち止まり深呼吸。ここから先はアウェーだ。


「もう。ただコンビニへ行くだけなんだから。そんなに緊張しなくてもいいんじゃないかな」


「うん。行こう!」


 夏の熱気がスカートの下を通り抜けていく。わずかばかりの風がブラジャーごしに胸にふわりと触れ、外の世界はオレを歓迎する。


 時刻は正午過ぎ。繁華街ということもあって、昼休憩のサラリーマンや、暇を持て余した学生が目の前を行きかっていた。


「暑い」


 今更だが、妹ロイドも人間と同じようにちゃんと五感が存在する。緑の匂いも、都会の喧騒も今まで感じていた小田兄助の体と感覚は同じだ。


「エレナちゃん。ほら、がんばって」


 一歩を踏み出す。そしてもう一歩。そのたびにはきなれないスカートの下で、オレの太ももが風にさらされる。窮屈なブラジャーも違和感バリバリだ。


 けど、それよりも気になったのが……。


「おい、あの娘。かわいくね?」


「姉妹かな。お姉さんのほうも可愛いけど、妹のほうもめっちゃレベルたけーよな」


「てかあの娘。胸でけえ。中学生くらいなのに」


 野郎どもの視線だ。見られてる。めっちゃくっちゃ見られてる!


「お前、声かけてみろよ」


「おめーがいけって」


 目の前で大学生らしき今風のチャラ男たちが、お互い肘で突き合っている。


「ねえ。君たち、今時間ある? ちょうどそこのお店でオレたちランチするんだけど、一緒にどう?」


「え? いえ、私たちは……」


 佐山さんが男に腕を取られていた。


「君、中学生? すっげー可愛いよね。アイドルとか目指してるの?」


 今度はもう1人の男がオレの両肩をつかんでいた。恐ろしいほどの威圧感と握力が、細いエレナの体に襲い掛かる。


「え。その……」


 ……正直、怖かった。男は笑顔であるが、その瞳の奥にある悪意が透けて見えるようだ。


「逃げよう、佐山さん!」


「う、うん!」


「あ、ちょっと! 君たち!」


 急いでその場を立ち去る。冗談じゃない。野郎と昼飯なんざごめんだ!


「待ってよ。悪いことなんかしないから、ね?」


「く!? 放せよ、この野郎!!」


 妹ロイドに慣れていないのが、運の尽きだった。歩くことはできても、走れないんだ!


「つ~かまえた!」


「エレナちゃん!」


 男に腕をつかまれ、オレは逃げ遅れてしまったのだ。


「逃げるってひどくね? つーかさ。逃げられたら逆に興奮しちゃうじゃん。ああ、そうだ。オレら車で来てるからさ。このままドライブとかどう? マジいいとこ知ってんだよ」


 まずい。このままだとオレ、こいつらにさらわれる! へたをすれば佐山さんまでこいつらに!

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