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オレのブラジャー装着イベント

 カプセルの扉がゆっくりと開いていく。


 プラグインが成功したんだ。と、いうことは今オレの意識は、妹ロイドに宿っている、のか?


「……!!」


 体を起こそうとしたけれど、だめだ。まるで力が入らない。自分の体とは勝手が違うのか、指先すら動かせないでいる。


「おはよう、兄助くん」


「よう、男の子。意識は大丈夫か?」


 妹子さんと理奈さんが左右からオレをのぞき込んでいた。


「バイタルに異常はなし。脳波も正常、と。うん、OK。まだ半覚醒状態、つまり寝ぼけてるってとこかな」


 自分の手足が思い通りに動かせないというのは、何とも言いしれない不安がある。今まで当たり前だったものが急に無くなるというのは、実感してみないとわからないものだ。


「あ、う」


 けれど、少しずつではあるが体を動かせるようにはなった。頭もわずかではあるが動く。


「んー? おっかしいな。あたしやはるかのときはすぐに動けたし、ゆっくりだけど歩けたのになあ」


「まあ、体は人工物とはいっても女性の体だからね。男性である兄助くんが自由に体を動かせるようになるには、はるかちゃんや理奈よりも時間がかかるかもしれない」 


「あ、あの。本当に成功したん、ですか?」


 みんなの返事を聞くまでもなかった。さっきはとっさのことで気が付かなかったけど、今オレの口から出た声は高くて愛らしい女の子の声だったからだ。


「成功してるよ、安心して。妹ロイドの体に慣れるには時間が必要だからね。あせらずに、ゆっくりね」


「はい」


 妹子さんがオレの手を握ってそう言った。


 オレの手……とは違う。小さくて白くて、柔らかそうな女の子の手だ。


「これが、多田エレナ……妹ロイドの体、なんですね」


「そうだよ。とても人工物とは思えないでしょ? 街を歩けば10人が10人振り返る完璧な美少女だよ、あなたは」


 ゆっくりとだが、体に慣れてきた。首を動かして、お腹に力を入れて、上半身を起こす。


「う、ん……!」


 すると、世界が違って見えたんだ。


 それが人工物の瞳から見た景色だってのもあると思う。でも、それだけじゃない。20センチくらい縮まった身長のせいでもない。


「初めまして、多田エレナちゃん」


 多田エレナの世界なんだ。


「あの、オレ……本当に?」


「はい、鏡」


 佐山さんから手鏡を受け取ると、美少女がどきどきしながらこっちを見ていた。ためしに口を開くと、鏡の中の美少女も口を開き、ウインクすると彼女もウインクする。


 本当にオレは、多田エレナに……美少女アイドルになったんだ。


「どう? 歩ける?」


「はい。なんとか……やってみます」


 歩く。ということを改めて意識してやってみるというのも、なんか変な感じではある。視線を下にやると、とても人工物とは思えない少女のみずみずしい太ももがそこにあった。


 ん? 太もも?


 そういや、さっき多田アンリもマッパだったな。


「って、ちょっとまって! この子全裸なの!?」


「当たり前じゃない」


 全裸の定義ってあれだ。何も衣服を着用していないってことだ。衣服ってのは、上着とか下着とかのことだ。下着ってのは……パンツとかのことだ。パンツをはいていないということは……。


「妹ロイドは精密に人体を再現しているわ。頭の先からつま先に至るまで」


 じゃ、じゃあ。ちょっと足を広げれば……? 自然、体が興奮してきた。熱を帯びている。自分で自分の体に対して興奮しているのだ。


「おー、そうか。男の子にとっては初めて見る女の体だったりすんのか。そりゃ、興奮するわなー」


「あ、バイタルに異常! 兄助くん! 落ち着いて! 何か着るもの! とり急ぎパンツ!」


 とり急ぎパンツってなんだよ。


「しゃあないなあ。あたしがはいてるの、貸そうか?」


 そう言って理奈さんがジャージを脱いだところを見て、オレの意識は吹き飛びそうになった。


「ちょっと理奈! いきなり何脱いでるのよ!」


「いや~男の子が困ってるなら、あたしノーパンでもいいかなってさ。くははは!」


 理奈さんが黒いセクシーな下着姿で豪快に笑っていたのだ。ジャージとTシャツをひんむけば、あんな世界が広がっているのか!


「よくないわよ! はるかちゃん、アンリのスペアのショーツある? それと、ブラジャーも」


 ブラジャーですと!?


「はい! すぐに用意します!」


 佐山さんが立ち去ると、すぐに戻ってきて目の前に白い布が現れた。


「今、兄助くんはエレナの体をうまく動かせないから、はるかちゃん。悪いんだけれどパンツをはかせてあげて」


「はい。ほら、小田くん。じゃなかった、エレナちゃん。両足をそろえて」


「え、あ。うん」


 え? 何なのこの状況。クラスメイトの可愛い女の子に、女の子用のパンツはかせてもらってるって、どういう状況なんだよ!?


「はい。じゃあ、ちょっと腰を浮かせられる?」


「う、うん」


 足首辺りになめらかな布の感覚があった。そして、佐山さんの言う通りに腰を少し浮かせると股間に何かフィットした感覚が……この妙なぴっちりとした感覚はブリーフをはいている時とは少し違う。布質が違うせいもあるけれど。


 そうか。アレがないからだ!!


「そっか。エレナは女の子だから、アレがないんだな」


「え? アレ? 男の子は何か付いてるの?」


「いや! こっちの話!」


 佐山さんはまじまじとオレの顔をのぞき込んできた。


「今度はブラジャーだけれど……小田くん。ブラジャーしたことって、ある?」


「あるわけないだろ! あったらオレの社会的な地位が危ういよ!」


 佐山さんは天然なのか、いきなりそんなことを言った。いやまあ、確かに世間には男性用ブラジャーなるモノが存在するが……。


「そ、そうだよね。じゃあ、私が付けてあげる」


「う、うん」


 人生初ブラジャー。と、いっても。多田エレナの胸はそんなにないだろう。設定上14歳なんだし。


「エレナちゃんって、アンリより胸。大きいね。サイズ大丈夫かな?」


 小さなお山が2つ。というのが、オレのイメージだったが……なかなかどうして。ほどよい大きさのオパーイが参上していた。つーか、Cくらいあるんじゃねーかこれ?


「エレナはロリ巨乳キャラでいこうと思ってね。一応今はバストサイズをSにしているけど、本番前のリハにはMサイズに戻すから、そのつもりでね」


 エレナちゃん、ロリ巨乳なのかよ! ていうか、今でもけっこうな違和感があるってのに、これがでかくなったらしんどそーだな。


 オレは自分の胸を少し持ち上げてみた。や、やわらかい……このままひたすらもみもみし続けていたいところだが、ブラジャー装着イベントが待ち構えている。後にしよう。


「エレナちゃんはアンリの妹だもんね。私もね。お姉ちゃんにブラジャーの付け方教えてもらったんだ」


「ふうん? 佐山さん、お姉さんがいるんだ?」


「うん……それより、立てるかな? やっぱり座ったままだと難しいから」


「わかった」


 オレが妹ロイドの体に入って10分以上が経過していた。さすがに体には慣れてきていて、立ち上がることは可能だ。


「よいしょっと」


「動かないでね」


「ん」


 なんか知らんが目をつぶっていた。未知の感触が胸に触れ、なんか息苦しい。締め付けらてるみたいだ。


「はい、終わったよ」


「ありがとう、佐山さん」


「どういたしまして」


「ま、下着姿ならこの研究所内でうろうろしてもいいけれど、外に出るときはちゃんとスカートはくんだよ。もう少し慣れたら、一度はるかちゃんと外出してきてほしいの」


「スカートっすか。できれば、ズボンとかのほうがいいんですけど」


「ダメダメ! ライブ衣装とかフリフリしてて可愛いんだからさ。今のうちに乙女になりきってもらわないと! それに、男の子ってスカート大好きでしょ?」


「そこでイエスと言えば、オレのイメージが変態野郎に成り下がっちゃうじゃないですか」


 まあ、好きですがね!!


 妹子さんは、新品のスカートやシャツをオレに手渡すと、ベッドで寝ているオレ、いや小田兄助の本体のところへ移動した。


「それじゃあ、まずは歩いてみようか。ゆっくりでいいから、こっちまで来て」


「はい」


 ゆっくりとではあるが、歩くことは可能だ。体自体に異常とかはないけれど、なんかこう……。頼りない感じがするな。主にオレの男の子な部分がないせいではあるが。体のバランスが違うんだろうな。


「はい、おつかれさま」


「なんか、ただ歩くだけでもしんどいですね」


「慣れるまでは我慢かな。妹ロイドの体にも、女の子の体にもね」


「はい」


 一息ついて前を見る。すると、そこには死んだように動かない少年がいた。オレの体だ。


「自分で自分を見るのって、なんか不思議な感じでしょ? 私も一応妹ロイドにプラグインした経験があるから、その気持ちはわかるよ」


「なんか、幽体離脱してるみたいですね」


「うん。で、ここから真剣な話だけれど。この転送状態のまま君の体が死亡。もしくはこの転送環境ごと地震で崩落、火事で焼失などの場合……君は元に戻れなくなってしまうの」


「え?!」


「その場合、君は残りの人生を多田エレナとして生きていかなければいけなくなってしまうわ」


「そ、そんな!!」


 妹子さんは腕を組むと目を閉じた。


「大丈夫。自分の肉体を失った場合、その時入っていた妹ロイドの体はその人に無償譲渡される。政府からも新しい戸籍がもらえる仕組みにはなっているわ。もともとこの妹ロイド自体、医療サイバネティクスにおける義体研究の側面も持ち合わせているから」


「サイバ? 義体?」


「簡単に言うと、人間の体まるごとすべてを義手や義足のようにしてしまうということ。ま、安心して。そんなことは起こり得ないから。万が一を想定して、この妹研究所は核シェルター並みの耐久力を持たせているし、テロ対策も十分にしてある」


「なら、いいんですけど……」


 そうか。それでこんな地下に研究所を作って、あんな重厚な扉でロックしていたのか。なんか、思っていた以上に裏がありそうだな、この妹ロイドって。


 ――ま、そんなことどうでもいいか。人工物とはいえ、女の子の体を自由にできるんだからな。

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