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初めてのプラグイン

「いや、妹ロイドって。ここ笑うとこですよね?」


 どうやら、ウケ狙いでへんな事を口走ったわけでもなさそうだった。妹子さんは口をきゅっと結ぶとマジな顔でオレを見ている。


「笑うところではないわ。これは真剣な話。妹ロイドは人工筋肉と人工皮膚。炭化チタン製の骨格。さらに臓器も人工的な物で完全に再現しているの。肉体の再現度はほぼ100%。食事から排泄まで人間にとって必要な生理現象も行うことができる」


「あの、それとさっきの中の人の話ってどうつながるんです?」


「妹ロイドはね、完全ではないのよ。人体を完全に模すことはできても、意思や自我。魂とも呼べるものまでは作ることができなかった。ここにあるのはからっぽの器。だからね、この体に人間の自我を移すことで動かしているの。それが妹オペレーター。さっき通路で会った立山理奈は、結芝リフィルのオペレーターなのよ」


 そこまで言われてようやくオレも理解しはじめる。面接での話を統合すると、シスターズはアイドルの女の子達に危害が及ばないように作られたアンドロイドで、どうやらオレはそのアンドロイドの体を操作するオペレーターとして採用されるらしい。


 正直、できの悪いどっきりかなんかだと思いたいけれど……だって、ずっと憧れてたアイドルの女の子が実は人造人間でした。だなんて、信じたくないよ。


「なかなか信じてもらえないでしょうけれど、これは事実なの。そうね、アンリの体を実際に動かすところを見てもらいましょうか。はるかちゃん! プラグインの準備はできている?」


 妹子さんは後ろを振り向くと、手を振って誰かに合図を送った。


 いや、あれは。佐山はるか!! さっきコンビニで会ったばかりのクラスメイトの女子だ。何でこんな所に?


「小田くん!? どうして、小田くんがここに?」


 佐山さんもオレに気が付いて、なにやら動揺している様子だった。


「それはオレのセリフだよ! もしかして、佐山さんのアルバイトって」


「うん。私、シスターズの多田アンリの妹オペレーターを……しているの」


 何てこった!! クラスメイトのちょっと気になる女の子が実はアイドルの中の人だったなんて。


「あら、知り合いなの?」


「はい。彼とはクラスメイトで……それより、プラグインでしたね。すぐに準備します!」


「うん。よろしく~」


 佐山さんは研究室の奥に3つあるベッドのうち1つに寝転ぶと、ヘルメットをかぶった。そのヘルメットには複数のコードが接続されており、そのすべてが多田アンリが入っているカプセルに繋がっている。


「人間の体は脳からの電気信号によって動かされるの。その電気信号を読み取り、妹ロイドへ意識を転送する。それがプラグインよ。彼女、佐山はるかは多田アンリのオペレーター。実際に彼女がアンリの体を操作するところを見てもらえれば早いわ」


「佐山さんが、多田アンリ……」 


 クラスメイトがアイドルの中身だったなんて、いまだに信じられない。いや、それよりも信じられないのはこの妹ロイドだ。どっからどう見ても人間にしか見えないのに、これが人造人間だって? しかも、意識を転送して操作するだって? SFかよ。


「プラグイン、スタート」


 けど、オレの信じられない気持ちはすぐに吹っ飛んだ。佐山さんの体はまるで死んだように動かなくなると、代わりにカプセルの中の多田アンリが瞳を開き、こちらに向けて手を振ってきたのだ。


 いや、それよりも……マッパじゃねえか!! 


「!!!!」


 彼女もそれに気付いたのだろう。顔を真っ赤にすると、慌てて後ろを向いた。


「あ。そっか、普段ここは女性スタッフ以外立ち入り禁止だったから、もろ見えだね。あははは。まいっか。兄助くん、ラッキーだね」


 妹子さんの言うとおり研究者の人たちも女性で、ここにいる男はオレだけ。男の視線を意識しなかった分、彼女ら3人は全身裸でカプセルの中で眠っていたのだろう。


 ん? シスターズって2人だよな。あとの1人は一体。


 多田アンリ……に宿った佐山さんはカプセルから出ると、体にバスタオルを巻いて奥の部屋に入っていった。着替えでもするのかな。


「今、佐山はるかさんの意識は妹ロイド01多田アンリに宿っているの。信じられないだろうけど、これは事実なの」


「は、はあ」


「さて、小田兄助くん。時給3000円でアイドルとお近づきになれる破格のアルバイト。やってみない?」


 なんかうさんくさい気もするけれど……時給3000円は魅力的だよな。しかも、シスターズを間近で見ることができるんだ。なら、答えは決まってるぜ。


「やらせてください!」


「君ならそういうと思ってた。それじゃ必要書類にサインしたら、さっそくプラグインしてもらおうかな。来月のライブに間に合いそうなら、出てもらいたいし」


「はい! ライブかー。なんか、いいですね! で、オレがするのって、男性アイドルのオペレーターとかですか?」


「え? 何言ってるの。あなたにしてもらうのは、この娘の操作よ」


 妹子さんは一番端、3つ目のカプセルを指差した。さっき気になった3人目だ。


 その子はどことなく、多田アンリに似ている。全体的に幼くした感じで、髪はサイドテールの黒髪で、いわずもがな美少女。


「この娘は妹ロイド03多田エレナ。設定ではシスターズ新メンバーで多田アンリの妹、多田エレナ。14歳の中学2年生よ。兄助くん。あなたには多田エレナのオペレーターをやってもらいます」


「はい!?」 


 妹子さんはニコニコと多田エレナのカプセル前で腕を組んでいる。


「いや、あの。オレ男ですよ? 何でオレが美少女アイドルに?」


 妹子さんはチッチッチと左右に指を振ると、オレの肩を痛いくらい強くつかんできた。


「君、わかってないねえ。今はアイドル戦国時代! 個性で勝負しなきゃならないんだよ! 普通の可愛い女の子ならそこらへんにいっぱいいるよ。けど、中身が男の子のアイドルなんて、早々いないっしょ!」


「いや、言ってる意味はわかるんですけれど」


「敵はリアルだけじゃないの。ラブなライブする9人の女の子や、画面の前のプロデューサーを慕う二次元美少女達に対抗するには、武器が必要なの! わかる? わかるよね! わかってよ!!」


 なんか、妹子さんの目がヤヴァイ。


「わかります、わかりますから! 肩が痛いですよ!」


「あ。ごめんなさい。私ったら、つい熱くなってしまったわ。とにかくね? この芸能界、ただ可愛いだけでは生き残れないのよ。多田アンリと結芝リフィルは『王道アイドル』の路線で売り出しているけれど、このままではいずれ飽きられるか、新しいアイドルに話題をさらわれ、いつか忘れ去られてしまう。そこで新メンバー多田エレナの投入というわけなのだけれど、ここでさらに『王道アイドル』を入れても二番煎じなの。何か新しい風を入れなければならない。そう試行錯誤していたときに、君が電話をくれたというわけ。君の声、可愛いかったから、きっと顔のほうも可愛いんじゃないかと思ってね。予想通りだったわ」


「は、はあ」


 正直、女の人に可愛いって言われるのは男としては微妙なんだよな。


「これは君にしかできない。ううん、君だからできることなの! 私は、君が欲しい!」


「え、あ、ありがとうございます……」


 何だコレ。告白? 年上はあんま趣味じゃないけど、こんなキレイな人にそんなん言われたら、どうすればいいのかわからない。


「やってくれる!?」


「ぜひとも!」


 なんか知らんが即答していた。まあ、時給3000円はおいしいし。妹子さん、美人だしな。


「それじゃあ、カモが逃げないようにさっそく契約契約っと~!」


 あれ、今この人オレのこと、カモって言った?


「とりあえず見学はこんなもんにして、契約の手続き済ませちゃおう! ほら、おいでおいで」


 オレは妹子さんに連れられ、さっき面接を受けた休憩スペースにまで戻った。雇用契約書やら、誓約書やら、小難しい書類がたくさん目の前に積まれて目が回りそうになる。


「でさ。君、今日これから時間あるかな? ていうか、明日からの予定はどうなってるの?」


「はあ。時間ならありますけど。今、テスト休み中だし。終業式までほとんど暇ですから」


「ええ!? 何よ、君の学校テスト休みとかあるの? いいなあいいなあ! 私の高校、公立だったからそんなの無かったんだよ~」


「それはまあ、なんというか。お気の毒、ですね」


「いいなあいいなあ! 私ももう一回、高校生やりたいなあ。はるかちゃんの制服借りて、こっそり通っちゃおうかな!」


 妹子さんは悔しそうな目でオレを見ると、スケジュール帳を取り出した。


 この人、けっこう中身が子供なのかもしれない。まあ、こういうエンタメ系の仕事に就く人って特殊な人が多いのかも。さっき会った立山理奈さんも、なんかへんな人だったし。


 にしても、妹子さんの制服姿ねえ……この人、けっこう童顔だし、子供っぽい性格だからいけるんじゃね?


「えーっとね。8月に都内で大きなライブをやるんだけどね。できればその時にサプライズで君を。あ、ううん。多田エレナを登場させたいのよね。新メンバーのお披露目ってやつ。つまり7月の残りと8月の半分を使って、君を精神と時の部屋にご招待なんだけども。あ、で。これね! この書類! サインしちゃって~! ばんばんしごかれて死んでも文句は言いません。残業代出なくても、異議を申し立てません。会社の家畜に成り下がることをよしとします。っていう内容の書類にいざサイン!」


「するわけないでしょ! どこのブラック企業ですか!」


「もう~。冗談だよ~冗談。妹子さんのナイスジョーダン。ちゃんと残業代も出るし、手取り足取り優し~く、シスターズの娘たちが指導してくれるから! ささ、どうぞサインをば」


「はあ。まあ、冗談ならいいんですけど。手取り足取り……ね」


 一瞬、妹子さんが小さな声で「レッスンで死ぬかもしれないけどね」みたいなことを言った気がした。


 オレは契約書を一目見て、びっしり書き込まれた文字にめまいがした。なんかもう、全部読むのも面倒くさいので、とりあえずナナメ読みしてサインする。


「えと。サイン、しました」


「は~い。それじゃあ、次はこっちの書類にもサインね! こっちは守秘義務とかそのへんのやつだから。適当にね! 適当! 全部読んだら頭破裂しちゃうよ? だーいじょうぶだってえ。悪いようにはしないからさ!」


「はあ。まあ、確かにこれ。全部読んでも内容理解できなさそう……」


 一瞬、妹子さんが小さな声で「妹ロイドは国家機密レベルの情報だから、外部に漏らしたら消されるかもね」みたいなことを言った気がした。


「はい! OKでーす。そんじゃま、これからは君も株式会社妹の社員なわけです。よろしくね~!」


 書類の束を封筒に入れると、妹子さんが席を立ってオレに握手を求めてきた。


「はい。なんだかあんまり実感ないですけど、よろしくです」


 ぶんぶんと手を振り回すように、豪快な握手をする妹子さん。


「それじゃあまあ。さっそくトライアルしてみようか。妹ロイドへのプラグイン」


「オレが、プラグイン……ですか」


「移動の連続で悪いんだけれど、妹研究所に戻るよー」


 再び妹子さんと一緒に地下へ戻る。


「それにしても、ほんとすごいですよね。妹ロイドって。説明受けた今でもまだ信じられないですよ」


「まーね。アンドロイドですら一般人には認知されてないのに、それをアイドルに活用しちゃおうって発想自体がすごいよねー」


 先に階段を下りる妹子さんは、子供のようにはしゃぎながら階段を3段分くらいジャンプした。


「ゆくゆくはこの妹ロイドを量産して、さらに万人が操作できるようにして……1人のアイドルを複数人で運用、シフト化するのが理想なんだけれどもね。まだまだ開発途中の実験段階な部分があるから、テストしながら手探りで運用してるワケ」


「量産型アイドル……」


「アイドルの中身がおっさんでした(笑)。みたいな時代が来るかもねー」


 それはけっこう冗談としてはキツすぎる。


「なんか嫌ですね……夢を壊されるっていうか、だまされたっていうか」


 まあ、これからオレもその美少女アイドルにプラグインして、中身になるのだから複雑な気分ではあるが。


「それじゃ、脱ごうか」


「は?」


 妹研究所に戻るなりいきなり言われたのが、これだ。


「君のすべてをさらけ出してほしいの。そう、すべてを」


 妹子さんは頬を紅潮させると、もじもじしながら蚊の鳴くような声で言った。


「いや、もう少し具体的に言ってもらわないと、意味が……」


「具体的に言うと、放送禁止用語連発なんけれども……君ってドS? 年上の女子にそういうこと言わせて、快感を得るタイプ?」


 妹研究所のスタッフは全員女性だ。その誰もが真っ赤にしてオレを見ていた。その、主に下半身を。まさか、脱げってこと? それも、パンツまで?


「いや、違いますって! そう、ですよね。脱がないと、カプセルに入れないですよね」


「おいおい妹子~。嘘つくなよ。男の子がマジでズボンのチャックに手をかけてんじゃねーか。プラグインなんて、ただヘルメットかぶってベッドで寝るだけなんだからよ~」


 リフィルのオペレーター、理奈さんがオレの肩を抱くとくははと笑った。その拍子に彼女が持っていたウィスキーの瓶から、アルコールの匂いが漂ってくる。


 ていうか、また飲んでるのかよ。


「チ」


 妹子さんは舌打ちすると、真っ赤に染めていた頬が元に戻って真顔になった。


 え、舌打ち!? オレ、だまされてたの。


「えっとね? 今のは冗談。妹子さんのナイスジョーダン。兄助くん、初めてだから緊張してると思って」


「は、はあ」


 残念そうにため息をつく妹研究所のスタッフを見る限り、マジでだまされるとこだった事に気づく。


「いやいや。男性型アンドロイドを作るための参考資料として、ね? 決してやましい考えじゃないからさ」


 じゃあ、なんでそんな瞳が充血してる上に息が荒いんですか。しかもなんか佐山さんまでこっち見てるし。


「それじゃ、そのこのヘルメットをかぶって。それからベッドにあおむけになって、心を落ち着かせてリラックス。3,2,1でプラグインを始めるわ」


「はい」


 妹子さんたちは真顔に戻ると、それぞれの定位置に戻った。まあ、彼女たちなりに気を遣ってくれた……と、思うことにしよう。


「大丈夫。危険なことはないから。カウントが終わったとき、君はアイドルに生まれ変わるの。小田兄助から、多田エレナに」


「オレが、多田エレナに」


「小田くん、がんばってね」


 佐山さんからヘルメットを受け取ると、オレはゆっくりとそれを被った。特に違和感はない。


「ありがとう、佐山さん。オレ、なるよ。アイドルに!」


 研究所の一番奥、3つある左端のベッドに寝転ぶ。


 やばい、なんだか緊張してきた。死んだりしないよな。いや、佐山さんや理奈さんもプラグインしているんだし、大丈夫なはず。


「それじゃ、プラグインスタート」


「うわ!?」


 体中に電撃が走ったかと思うと、目の前が急に真っ暗になった。視界だけじゃない。音も聞こえない。すべての感覚がなくなって、自分がどこにいるのか……自分という存在が本当にここに在るのかすら、疑わしくなってくる。


 なんだ、これ。オレ死んだのか?


「……」


 うっすらと目の前に光が差した。


「お、だ、く!」


 ゆっくりと闇のカーテンが引いていく。


「小田くん!!」


「……佐山さん?」


 ゆっくりと意識が覚醒していく。長い間正座をしていて、急にもとの姿勢に戻ったとき足のしびれが伝わるように……指先から少しづつ感覚がよみがえってくる。


「ここは、カプセルの中?」


「プラグイン、成功だね」


 佐山さんの笑顔が目の前にあった。

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