りふぃる星のあいさつは乙女の照れ隠しなんてヤワなもんじゃない
「あの。このへんで降ろしてもらっていいですか?」
「え。ここでいいのかい?」
「はい」
自宅から10分くらい離れたところで降ろしてもらうと、オレはそこでタクシーを降りた。リフィルの個人情報には関係ないだろうけど、オレの住所を知られるのはよくない気がしたからだ。
とりあえずツインテールをほどいておこう。気休めだけど金髪ツインテールなんてただでさえも目立つんだから、まだマシなはずだ。
「さて、と。ここから家まで距離がちょっとあるな。どうすっか」
人気のない路地を選んだはいいが、住宅街には人がいるだろうし、とろとろ歩いていたらまた人に見つかってしまう。なら、こういうときこそ使ってみるか、あれを。
「ライブモード、起動!」
瞬間、オレの中で何かがはじけ飛んだ。視界が広がり、景色がスローモーションになる。エレナでライブモードを起動したときと一緒だ。これなら!
オレは全力で道路を駆けた。
「うわ!? なんだ!!」
全力で走ると、相当な速度が出ているのがわかる。原付のにーちゃんを追い越してしまったあたり、時速30キロ以上……か。
「金髪の女の子がすごい勢いで走ってるぞ!」
顔も見られてなかったし、これなら大丈夫……だよな?
「ふう。ライブモード、解除」
そして自宅にたどり着くと、オレは安堵のためか完全に気が緩み切っていた。だからこそ、一番やってはいけないことをやってしまったのである。
「ただいま~」
それは、いつも通りのオレ。リフィルの体で小田兄助として振る舞ってしまったということだ。
「母さん、腹減った晩飯~。親父まだ帰ってないの?」
普通に家に入って靴を脱ぎ、リビングに顔を出してそう言うと、ソファにふんぞり返りちかくにあったポテチを開けていたのだ。この一連の流れがあまりにも自然すぎて、母さんもただぽかんと眺めているだけであった。
「あの、どちらさま?」
「あ。しまった! オレ今リフィルなんだった!」
「ねえ。どこのお宅のお嬢さんか知らないけれど、そういうことを他人様のお家でやるもんじゃないわよ。それにあなたね、そんな風に座るとパンツが見えちゃうでしょ。はしたない。うちは高校生の可愛い息子が2人いるんだから、そういうみっともない姿はやめてちょうだい!」
「あ! えっと! その! ごめんなさい」
母さんの視線が怖かった。まるで他人を見るような目……ていうか、他人なんだけれど。明らかな敵意が向けられていることにオレは少し悲しい。これが母さんではなく父さんだったら、まだここまで敵意を向けられることはなかったろうな。ま、やっちまたもんは仕方がない。とりあえず何か言い訳をしないと。
「あの。私、怖い人に追われてて。それで、悪いと思いつつも近くにあったこのお家に……」
「いきなりリビングでふんぞりかえって、ポテチの袋開ける女の子が、怖い人に追われてたとは思えないわねえ」
ええ、ごもっともです。これはまずったな。じゃあ、これでどうだ。
「あ。さっきのは間違い! えっと、実は兄助さんのお友達で……お家で待っているように言われたんです」
これがベストな選択肢だろう。
「まあ。兄助の? 彼女なの? あの子にねえ……でもあの子、そういうの一言もいってないし。怪しいわねえ」
うわ、なんかめっちゃ不審な目で見られてる!
「それにこの前、下の息子が兄助に、『好きな人はお兄ちゃんみたいな人☆』って言ってたし……母親としては、愛のカタチは人それぞれだから干渉しないつもりだけど、まさか息子と息子がねえ……だから悪いけれど、あんたみたいな女の子に入り込む余地はないと思うわ」
勘違いしてんじゃねえよ! そこは疑えよ! 干渉しろよ!
「え。あ、ああ……ええと。たぶんそれお母さまの聞き間違えですね! それに兄助くん照れ屋さんだから私とのこと、話さなかったんじゃないかと」
「ちょっと、誰がお母さまよ! 大切に育てた可愛い長男を、どこの馬の骨とも知れない小娘にくれてやるわけにはいかないわ! この泥棒猫! 出ていきなさい!!」
なんで昼ドラ展開を実の息子と母親でやってんだよ! こういうのは女同士でやってくれよ。誰が泥棒猫だよ!
「と、とにかく聞いてください! 兄助くん、私には耳にタコができるくらい、よくお母さまのことお話してくれましたよ! 美人で、クールビューティーで、大和撫子で、色白で、見た目10代にしか見えない僕の自慢の母親だって! 親子じゃなかったら結婚したいくらいだって!」
うわあ。何言ってんだよ、オレ。なんか知らんがテンパって口にしたものの、これじゃマザコンじゃねえかオレ。つーか、見た目10代にしか見えないは無茶ありすぎだろ。40代半ばなのに。
「あらあ!? 兄助ちゃんが!? あの子ったら、よそでそんなことを言ってるの!? もう、困った子だわー。そうよねそうよね~。まあ、本当のことだからそう言っちゃうわよねえ! 仕方がないわよねえ! あ、お茶とコーヒーどっちがいい? 兄助ちゃんの恋人なんだもの! 大事におもてなししなきゃ!」
いきなり母さんの態度が180度様変わりしやがった。
「えっと、お茶で……ていうかあんた、チョロすぎんだろ」
「あら、何か言った?」
「いえ~。きっと空耳ですよ~」
もうちょい警戒しろよ! なんか詐欺とか簡単にひっかかりそうで怖いな。
「ただいまー」
安堵したのもつかの間。弟が帰ってきたみたいだ。これはまずいぞ。どう切り抜ける?
「あらちょうどよかったわ。お兄ちゃんの彼女さんが来てるから、あんたもあいさつしなさい。未来のあんたのお姉さんになるんだから」
さっきあんた、オレの事泥棒猫とか言ってたよな。
「え。万年童貞の兄貴に彼女? うひゃあ、どんなゲテモノ好きだよ」
殺したろか、この弟。開口一番それはねーだろ。
「どうせ、頭が6本くらい下半身から生えてるクリーチャーみたいな女なんだぜ。へへ、ツラ拝んでやるぜ」
とんでもバケモノじゃねーか、頭が6本くらい下半身から生えてるクリーチャーって、逆に見てみたいわ。
「って、ああ!? もしかして、君……」
目が合った。弟は目を目いっぱい見開き、頬を紅潮させている。
「あ、あの。初めまして」
やば。ツインテールじゃないとはいえ、リフィルの顔はさすがに解るだろう。
「やっぱり! どっかで見たことがあると思ったんだ!!」
オレの顔をじっくり見て、弟は確信に満ちた顔で人差し指を向けた。
「結芝リフィルちゃん!」
「え、えっと……」
「そっか。解った! 俺に会いに来てくれたんだね!? 解ってる! 言わなくても解ってる! 運命の女神が俺とリフィルちゃんを引き合わせてくれたんだね!」
「いや、違うから。これは偶然です」
「解ってるよ! 偶然出会えたんだね、俺達!」
「だから、違うっての! しつけーぞ!」
「そうだ。お茶飲んでいきなよ。とってもおいしい茶葉があるんだよ!」
弟は目が完全にハートマークになっていた。たぶん何を言っても自分の都合のいいようにしか聞こえないのだろう。DQN弟め。
「母さん。リフィルたんの湯飲みはこれ使って。で、席はそこに――」
「でもあんた、そこはあんたの席でしょ。それにこの湯飲みも、あんたのじゃない」
「いいのいいの!! あ、その湯飲絶対に洗わないでね。俺の宝物だから。ほらリフィルたん。こっち!」
「げ、お前ほんときもいな!?」
弟がオレに差し出してきたのはあいつ自身の湯飲で、オレに座れと言ったのはあいつ自身の席だ。
「ほらほら!」
「ちょ!? 痛い。何すんだよこの変態野郎!!」
弟が乱暴にオレの肩をつかんできたので、いつものケンカのときと同じ要領で顔面パンチしてしまった。
「あ」
もろに顔面クリティカルヒットしたせいで、弟の鼻から血が噴出している。鼻血ブー太郎だ。そこそこイケメンなのに、残念なヤローだ。
「い、痛い。リフィルたんが……俺を殴った……?」
やべえ。リフィルのイメージが壊れる!?
「そっか。リフィルたんは、本当はそういう子なんだ……」
「いや、その。お前が悪いっていうか、きもいっていうか、むしろくたばれというか。あ、そうだ! りふぃる星のあいさつ! 気に入った男子にはグーパンチ、なのだ☆」
何が気に入った男子にはグーパンチ、なのだ☆ だよ。わけわかめだよ! どんな惑星だよりふぃる星。これじゃ暴力が支配する修羅の国じゃねーか!
「そっか。俺、気に入られたんだ……リフィルたんに。いいよ。もっと俺を殴ってよ! 罵ってよ!」
「お前そんなキャラじゃねーだろ。もうこのへんで勘弁してくれ!」
本気でドン引きだった。
「あ。あの、もうこれで失礼します! お邪魔しました!」
「え、リフィルたん!?」
オレは慌てて家の玄関を開けて飛び出した。
「やっぱり、ここにいたんだね。小田くん」
「あ。佐山さん? どうしてここに」
家を飛び出すと、すぐ目の前に佐山さんがいて、オレを見つけるなり手を引いてくる。
「事情は酔った理奈さんから聞いてるよ。とりあえず、私の家に来て」
「う、うん」
佐山さんは用意していたスポーツバッグから帽子とマスクと眼鏡を取り出し、オレに手渡した。
「とりあえず、今はそれでしのごう。たぶん大丈夫だと思うけど」
変装セットをすべて装備し終わると、佐山さんはオレの手を再び引っ張り、歩き始めた。正直、ものすごく頼もしい。理奈さんは何をやってんだ、まったく。
「理奈さん。いきつけの焼き鳥屋さんで寝ちゃってて、私が代わりに迎えに来たの。会社のビルは落ち着いてる頃だからもう戻っても大丈夫だとは思う。うちのパパに車出してもらお」
「うん、ありがとう。助かったよ。あれ? でもオレって、佐山さんに住所とか教えたっけ?」
「ああ。大丈夫。昨日のうちに調べておいたから。住所も、電話番号も、メールアドレスも、家族構成も」
「はい?」
「父、小田雄一郎。母、小田芳美。長男、小田兄助。次男、小田弟次。父親の勤務先は株式会社ムーンテクノロジー。母親は週4のパート勤め。弟の弟次くんは都内の公立高校1年生。ハンドボール部」
「いや、何でそこまでオレのこと知ってるの?」
「だって、私たち仲良し姉妹じゃない。お姉ちゃんは妹のことなら何でも知ってるんだよ」
うふふ。と、照れ隠しに笑う佐山さんの笑顔はどこか恐ろしいものがあった。ていうか、オレは妹じゃやないのに。
「昨日の晩御飯はあじの干物とみそ汁に野菜炒めお風呂に入ったのは21時32分54秒就寝時間が23時ジャストで起床時間が8時25分それから歯磨きをしてトイレに行って朝ごはんを食べて――」
「ちょ!? なんでそこまで事細かに知ってるの!? ほんとに怖いんだけど」
「ごめん。昨日の晩御飯のところから先は私のアドリブ。全部あてずっぽうだよ。住所は妹子さんから聞いたの」
「な、なんだ。そっか……そうだよね」
「電話番号やメールアドレス、家族構成は自分で調べたけどね。お姉ちゃんには、妹のすべてを知る義務があるの」
うふふ。と、笑う佐山さんはどこか不気味だった。




