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時給3000円には裏がある

 株式会社妹。業務内容:妹の派遣。雇用形態:アルバイト。勤務地:お兄ちゃんのお家。時給:3000円。


 そこまで求人広告を読み込んでオレはアホかと思った。時給は破格ともいえるのだが、募集しているのはあくまで妹スタッフだ。オレは男なので、どうあがいても雇用対象にはならないだろう。


「ん? 事務スタッフも少人数募集中?」


 けれど、最後の行に小さく事務員・男性可。の一文を見つけ出し、オレは早速電話をかけて応募した。


『はい。株式会社妹。妹部です』


 電話に出たのはお姉さんだった。つーか、妹部ってなんだよと内心笑いそうになるが、ここは我慢しておこう。第一印象は大事だし。


「あの、オレ……じゃなくて僕、求人広告を見まして」


『あー! もしかして、男の娘スタッフの募集かな? 今ちょうど人手が足りなくてね~』


「いや違います。事務スタッフのほうで」


 男の娘スタッフってなんだよ、と思って求人広告を読み返してみると時給3200円で、妹スタッフよりも割高だ。しかし、勤務地が妹スタッフと同じお兄ちゃんのお家だったので、俺は忘れることにした。


『あー。何だ。事務かあ。正直、人手は足りてるんだけどなあ。ねえ、ほんと男の娘興味ない? 男の娘って希少種だからさー』


「ありません」


『あー。残念だなあ。君、けっこう可愛い声してるからイケると思うんだけど』


 なんなんだよ、この男の娘推しは! オレ、男の娘としてイケちゃうのかよ!


『うーん。どうしようか。せっかく応募してくれたのも何かの縁だし……あ! そうだ。オペレータースタッフが一名必要だっけ。君、やってみない?』


「え、オペレータースタッフって、時給はいくらなんです?」


『それも込みでうちに来て話を聞いて欲しいんだよね。どうかな? 今日これから』


「これから、ですか。別にいいですけど」


『OK。それじゃあ、今から1時間後……11時にうちのビルまで来れるかな?』


「大丈夫です」


『急かしちゃってごめんね。受付で妹部部長の妹尾妹子(せのおいもこ)の名前を出せばいいから』


 妹部部長の妹尾妹子!? なんて妹尽くしの肩書きと名前だ!


『君今、妹部部長の妹尾妹子!? なんて妹尽くしの肩書きと名前だ! って思ったでしょ?』


「い、いいえ。そんな!」


 心が読まれただと!?


『まあ、言われなれてるからいいけれど。あっと。そうそう。君の名前聞くの忘れてたよ』


「あ、僕。小田兄助(おだけいすけ)です」


 小田兄助。それがオレの名前。高2の夏休みを前にして金欠であえぐ貧乏苦学生とは、オレのことだ。何か手っ取り早く稼げるバイトを探していたところ、求人広告の端っこに載っていたのがこのバイトだった。


『OK。小田くん、それじゃ1時間後』


 電話はあっさりと切られ、オレは株式会社妹に向かうことにした。といってもまあ、ビルまではそんなにかからないから、どこかで時間つぶすか。


「漫画でも読むか」


 途中でコンビニに立ち寄って、オレは漫画雑誌を立ち読みすることにした。雑誌の表紙は、アイドルの女の子2人のグラビア写真だ。


「シスターズ……やっぱ可愛いな、アンリちゃん」


 国民的アイドルデュオ、シスターズ。多田アンリ、結芝リフィルら2人の美少女ペアで、人気急上昇中のアイドルだ。とくにアンリちゃんはダントツの人気で、うちのクラスの男子の何人かはライブに足しげく通っているらしい。


 かくいうオレも、アンリちゃんのファンだったりする。長い黒髪と、雪のように白くてキレイな素肌……まるで人形のような可愛らしさだ。


「あれ、小田くん? こんな所で奇遇だね」


「あ、佐山さん」


 立ち読みしているオレに声をかけてきたのは、クラスメイトの佐山はるかだった。うーん、アンリちゃんに負けず劣らず、佐山さんも可愛いんだよなあ。長い髪とか、白い素肌とかそっくりだよ。


「その漫画。もしかして、小田くんもシスターズ、好きなの?」


「うん。まあ……」


 さえない男子高校生がアイドル好き。1人でグラビア写真見てニヤニヤ。このシチュエーション、どう考えても軽蔑される。


「そっか。なんか、嬉しいな、ありがと!」


 かと思ったけれど、そうでもなかった。佐山さんは何故か照れたように笑って、オレの肩をがしっとつかんできた。


「え? 何で佐山さんがお礼を言うの?」


「あ、それは。私もシスターズ好きなんだ! だから、同士に出会えた偶然に感謝! みたいな感じかな? あ、私。アルバイトあるからこれで! またね!」


「うん。またねー」


 佐山さんはバツが悪そうに視線を逸らすと、スカートを翻しさっそうと去っていった。その後姿というのまた、抱きつきたい衝動に駆られる。おっと、いかん。これではオレ変態だ。


 とっさに視線を逸らすと、棚に並んでいた別の雑誌に目が止まる。表紙には『ここまできた! 日本のアンドロイド技術!』といううたい文句と、まるで本物の人間のおじさんみたいな写真が載っていた。アンドロイド、ね。


「おっと、そろそろオレも行かないと」


 スマホの画面を見るとそろそろいい時間だったので、雑誌を棚に戻して外に出る。コンビニからビルまでは目と鼻の先だ。


 株式会社妹はそこそこでかい企業らしく、自社ビルを都内に所有している。


「あの、妹部部長の妹尾妹子さんと面接の約束をしているのですが」


「はい。承っております。どうぞこちらへ」


 ビルに入ってすぐ目の前の受付で緊張しながらお姉さんにそう伝えると、一階の奥にある休憩スペースに通された。休憩スペースっても、ソファが向かいあって2つと、自動販売機が一個あるだけの簡素なものだ。


「ただいま呼んで参りますので、そちらでおかけになってお待ちください」

 

「は、はい」


 お姉さんが去っていくと、ソファに座り、緊張をまぎらわせるために周囲に視線をさまよわせる。


「シスターズのポスター、だ」


 そういえば、株式会社妹は芸能事務所でもあるんだったな。シスターズもここの所属なのか。だったら、運がよければ会えるかも!?


「よっこらせっと」


「へ?」


 おっさんくさいセリフが聞こえたと思ったら、目の前のソファに女の子が座った。


「あ、あ、あ、ぁ」


 信じられない。どうやらオレ、運がいいみたいだ。目の前に、目の前にシスターズの1人、結芝リフィルちゃんがいるんだから!


 結芝リフィルは祖母をフランス人に持つクオーターで、金髪ツインテールの可愛いらしい子だ。妹っぽい容姿で、背も140センチと一番低い。その結芝リフィルが目の前に座っている。


「あー。塩辛つまみに酒飲みてえ」


 リフィルはオレの目の前で足を組んで、ふんぞり返った。その表紙に真っ白なパンツがはっきりと見えて、ラッキーだった。ていうか今、酒飲みてえとか言った?


「こら!!」


「はわ、すみません!?」


 リフィルのパンツをガン見していたのがバレたのかと思って身をすくませたが、それはオレではなく、リフィルに向けられたものだった。


 向かいのソファに20代半ばくらいのスーツ姿のお姉さんが座り、リフィルの足を叩いている。


「こんな所でなにやってるの。今からここは面接で使うんだから、あっちへ行きなさい」


「えー? 面接ぅ?」


 リフィルはだるそうに腰を上げると、おっさんのようにぼりぼりとお腹をかいた。


 ……なんというかこれ、本物のアイドルなんだよな? 見てはいけないものを見てしまったような気がする。


「そ。新メンバーの話、したでしょ? 彼にはそのオペレーターをやってもらおうと思って」


「は? おいおい妹子。こいつ男だぞ? マジか?」


「マジよ。今度の子はそういう路線でいこうと思ってるの」


「はー。プロデューサー様のいうことは理解できねーや。ほんじゃメンテナンスもあるから、ちょっくらメディカルルームにでも行ってるわ」


 リフィルはでかいあくびをすると、がにまたで歩き出した。その姿はまごうことなきおっさんであった。


 アイドルって、一体何なんだろう。オレの中で結芝リフィルちゃんの可愛らしいイメージが、粉々に砕け散った瞬間である。


「あー。ごめんね? もしかしてあなた、リフィルのファンだったかしら? イメージぶっ壊してごめんなさいね」


「い、いえ。なんか、圧倒されちゃって」


 お姉さんはオレの向かいに座ると、背筋を正して軽く会釈する。


「まずは自己紹介するね。妹部部長の妹尾妹子です」


 妹子さんは優しそうに微笑んで自己紹介した。キレイな人だな。大人の女性って感じだ。


「えーと、さっそく面接を始めるわね。履歴書、出してくれる?」


「あ、はい」


 カバンから履歴書を取り出し妹子さんに差し出すと、彼女はそれを少し見て横に置いた。


「小田兄助くん。高校2年生、か。OK。アルバイトに応募してくれてありがとう。うちの会社のこと、軽く説明しておくね。株式会社妹は派遣メイドならぬ、派遣妹の業務を主としています。クライアントのお宅へ出向いて料理や掃除はもちろん、ゲームの相手や話し相手になってあげたりと……昨今では、アイドルのマネジメントもやっているのよ。妹系アイドルグループ、シスターズはわが社の看板アイドルともいえるわ」


「はあ」


「ただこのアイドル事業、思ったよりも問題多くてね。近年のアイドルは、ファンとの距離がより近くなって親しみやすくなったと同時、色々な事件が起こっているのはあなたもご存知よね?」


「ええ」


「ストーカー被害や傷害。その他いろいろとアイドルに襲い掛かる魔の手はエスカレートしている。まだ10代の幼い彼女達に何かあってはいけない。そして、アイドルを無制限に市場へ供給して、絶え間なくブームを引き起こす。この2つを両立させるために私達株式会社妹が出した結論は、永遠の17歳計画(プロジェクトセブンティーン)


「はい?」


「付いて来て」


 妹子さんに連れられ、スタッフ以外立ち入り禁止エリアへ足を踏み入れた。どうやら地下に続いているらしく、いくつも階段を降りていく。


「あの、どこへ行くんです?」


「シスターズ。彼女たちの所よ」


「え!? やったあ!!」


 無意識のうちにガッツポーズするオレ。会えるんだ、本当に! うきうきしながら階段を降りきると、目の前に重厚な鉄の扉があった。


「着いたわ。ここが我が社の心臓部ともいえる、妹研究所(シスターズラボ)よ」


 妹研究所って何なんだよ、と笑いそうになるがオレはガマンして妹子さんの話を流した。


「ちょっと待っててね」


 妹子さんが扉の横にあるスリットにカードを通すと、扉が重い音を立てながら開いていく。


 目の前には細長い通路があって、それがさらに奥へ続いている。


「ん、なんだよ妹子。そいつ連れてきたのか?」


 声がしたので振り返ると、巨乳の美女がワンカップ片手に壁へ寄りかかっていた。ポニーテールとくたびれたTシャツに、下は黒のジャージ。なんというか、おっさんみたいな人だ。


「よう男の子。そういやお前、さっきあたしのパンツ見たろ? 初回視聴料はタダにしてやるけど、次見たら5000円な」


 美女はおっぱいを揺らしながらオレに向けて手を差し伸べてきた。金をよこせ、ということなのだろうか。つーか5000円って、金取るつもりかよ!


「は!? いや、見てないですよ! だってあなたとは初対面じゃないですか!」


「さっき上であったろー? さみしいこというなよ男の子。お近づきの印に、キスでもするかぁ?」


 酒臭い吐息のまま、美女の唇がオレの目の前に迫ってくる。


「理奈、やめなさい」


 だが、すんでのところで妹子さんが美女のポニーテールを引っ張って中断してくれたので、助かった。


「ち。あとで1万請求してやろうと思ったのに」


 つーか、またまた金取るのかよ!


「この子は立山理奈。うちの妹オペレーターの1人よ。あれでまだ21歳なのに、中身はすでに40過ぎたおっさんよね。ああなってはいけない大人の典型例だから、兄助くんは反面教師にしないとね」


「おっさんじゃねーよ。ぴちぴちゆるふわの乙女だっつーの」


 ぴちぴちゆるふわの乙女はワンカップをゴミ箱に放り投げ、今度は缶ビールを一気飲みする。しかもでかいゲップをしたあと、「しみるねえ」とか言った。


 どうやら、オレの中のぴちぴちゆるふわの乙女の定義を変更せねばならんようだ。


「まあ。この子はこんなだけど、結芝リフィルの中の人なのよ」


「はい? 中の人?」


「着いてきて」


 妹子さんに連れられ通路の奥へ進むと……そこはまるでどこかの研究施設みたいな場所で。いや、実際何かを研究しているみたいだった。その証拠に巨大な空間の真ん中に3つのカプセルがあって、周りに白衣を着た研究者が数人いる。


「あ、あの。何ですか、ここ?」


「ここはシスターズの生まれた場所。シスターズはね、ここで造られたの」


「ここで、造られた? え?」


「あのカプセルの中に何が入っているのか、君の目で確かめなさい」


 妹子さんはカプセルを指差し、近づくよううながしてきた。


「え、これって!?」


 カプセルの中には、少女がいた。オレもよく知っている国民的アイドルグループの、長い黒髪と、雪のように白くてキレイな素肌の美少女。


「多田、アンリちゃん? どうして」


 いや、多田アンリだけじゃない。その隣のカプセルには、さっき上で会ったばかりの結芝リフィル。さらにその隣にはまったく知らない女の子……一体、どうなっているんだ。


「あなたはアンドロイド……人造人間についてどこまで知識を持っているかしら?」


 妹子さんがオレの肩をたたき、そう質問してくる。アンドロイドって、さっき雑誌で見たあれか?


「シスターズはね、私達株式会社妹と日本政府が極秘裏に開発した妹型アンドロイド……すなわち、妹ロイドなの」

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