龍姫降臨
黒地に金色の装飾を施された鎧に身を包んだマイアはとても格好良く、そして美しかった。
「みやげを期待して待っていろ!」
「うん、気をつけて」
マイアの号令と共にオークやゴブリン達が行軍を始める。
今回は狭間の領域に侵攻してきた人間の軍勢を追い払うのが目的だという。
俺はなんとも複雑な気分でみんなを送り出した。
「心配しないで待っていて下さいね」
碧色の鎧に身を包むミレーネさんが優しい微笑みを浮かべて肩に手を置いた。
「帰ったら戦勝祝いだ! 飲むぞ!」
蒼色の鎧のライオスが豪快に笑って背中を叩く。
そして、マイラが空に飛び立つと、二人もその後に続いて空へと舞い上がっていった。
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みんなが戦に赴いて2週間ほど経った頃、俺はすっかり寂しくなった城内で家具作りに専念していた。
ベッドに机や食卓に椅子と作る物はいくらでもある。
畑の見張りはゴブリン達に任せ、不安を振り払うように黙々と木材を加工していく。
小麦は順調に育ち、俺の経験からみても3倍ほどのスピードで成長している。
だがその成長の早さが、この世界の物だからなのか、それとも魔の領域の土地が影響しているのかまでは分からなかった......。
(何にしても収穫が早いのはいいことだ)
「はぁ~」
俺は木を削りながら深いため息を突く。
俺はマイア達が戦場に行ってから、何とも言えない不安な気持ちに胸を締め付けられていた。
彼女の笑顔がもう見れないかもしれない。
正直その思いはマイアに対してかミレーユさんに対しての物なのか分からないでも居た。
只々不安なのだ......。
「むっ! 何やら外が騒がしいですな」
「ああ、なんだろうな?」
俺とゴンゾはマイア達が帰還したのかもしれないと、部屋を出て城前の広場へと向かった......。
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その声は雷鳴のように腹の底に響いた。
「......マイアは居るかえ?」
広場に居たのは巨大なドラゴンだった......。
黒い鱗に全身を包まれ、1歩足を踏み出す度に大地が揺れ少し翼を動かせば強風を巻き起こしていた。
そこに居たのは、圧倒的な存在感を放つ恐怖そのものだった......。
「マイア様は人間達との戦に出向いて留守にしておられます」
オークの一人が、その巨大なドラゴンに向けて声を張り上げる。
「ふむ、留守であったか。......それにしても、何故人間が居るのだ?」
ドラゴンは広間に出た俺に視線を向けると、ゆっくりと頭を近づけてくる。
俺は眼前に迫るドラゴンの顔に、蛇ににらまれた蛙のように動けなくなり、その鼻息を浴びて倒れそうになる。
「お待ち下さい龍姫様! ハヤト殿は人間のように見えますが別の存在です! この魔の領域で生きていることこそ、何よりの証拠かと!」
ゴンゾが必死に声を張り上げる。
「別に耳は遠くない、そう声を張り上げるな。......そうは言っても、匂いは人間そのものよ。......なぁに、食ってみれば分かる事よ!」
龍姫と呼ばれたドラゴンは吹き飛びそうになる声と共にその口を大きく開いた。
その瞬間、俺の前に黒い鎧に身を包んだマイアが、ひらりと舞い降りた。
「私の家臣を食うな」
「マイア! 無事だったんだね!」
「決まっているだろう......っ! 泣く奴があるか」
マイアは振り返って俺の顔を見ると少し驚いたようだ。
俺はドラゴンへの恐怖か、それともマイアの帰還に安心したのか涙を流していた。
そして笑顔を浮かべて俺の頭を優しく撫でてきた。
「随分と面白い顔をするようになったな、......マイアよ」
龍姫がその様子に静かに呟く。
(とは言っても充分にでかい声だが)
「う、うるさい! 邪魔でかなわない、早く小さくなれ!」
「まあいい、面白いもの(マイアの笑顔)を見れた。食うのは止めといてやろう」
マイアの言葉に龍姫はそう言うと、その巨大な身体を変化させていった。
俺はそこに現れた者に目を奪われた。
長い尻尾と蝙蝠のような翼を持ち頭には鋭く尖った角を生やしている。
そして腕や足は黒い鱗に包まれ鋭い爪を生やしていた。
その身から放たれる威圧感は先ほどまで目の前にいた巨大なドラゴンそのままだったが、俺はその姿を美しいとさえ思ってしまった。
腰まで届く鱗と同じ黒い髪は妖しく風に揺れ、露わになった大きな乳房は歩く度に柔らかそうに弾んだ。
そして引き締まった腰元から僅かに恥毛を湛える下腹部に視線が落ちたところで、その妖艶な姿に俺の下半身も思わず反応してしまった。
(......ほほう)
龍姫は、それに気づいたのか妖しい笑顔を浮かべて俺に向かってくる。
気づけば鼻先に魅力的な乳房の先端が迫っていた。
少し顔を前に出せば触れそうな距離である。
(俺は確かに聞いたんだ、その乳房が「触っていいよ」って言ったのを!)
......もちろん妄想である。
だが俺は無意識に両手をその乳房に当てていた。
「おい!ハヤト!」
マイアの声で我に返った俺は、
「わぁ! す、すいません!」
と、言いながら後ずさった。
そして倒れそうになったところを、後ろに居た誰かに支えられる。
「これは、メリージア様。ようこそおいで下さいました」
後ろに立っていたのはミレーユさんだった。
遅れてライオスも広場に降り立つ。
「なんだハヤト、面白そうな事になってるな」
「やあ、おかえり」
俺はミレーユさんに支えながら、二人の帰還を喜んだ。
「くっ......くっくっく! あーっはっはははは! 面白い人間だな、気に入ったぞ! マイア、そいつを譲れ」
「断る!」
俺はそう言うマイアに力強く抱きしめられた。
......そう、力強く。
「マイア様、ハヤトが......」
「うわぁぁぁ! また、やってしまったぁ~!」
俺の意識は既に遠くへと飛んで行ってしまっていた......。