魔族の姫の配下になる
その日はミレーユとライオス、そしてオーク兵の中でも上位に当たるハイ・オークと呼ばれる物達がマイアの部屋に集められていた。
このように家臣を集めることなど久しく無かったので、室内にはいつになく緊張した空気が流れていた。
そして、張りつめた空気の中マイアが口を開く。
「......ハヤトを我が家臣に取り立てようと思うのだが。誰か意見はあるか?」
いつもは決定事項を伝えるだけのマイアが家臣に意見を求めるのは希であった。
ハイ・オークの中には、それが初めて体験する者も居たことだろう。
まず最初にハイ・オーク達が動揺しながらもお互いに話し合い出す。
そして、代表者が口を開く。
「我らに異論はありませぬ」
続いてライオスが口を開いた。
「まあ、いいんじゃないかな」
そしてミレーユが笑顔で言った。
「私も良い決断だと思います」
皆の言葉にマイアの表情が明るくなる。
「そ、そうか! 皆も賛成か! 早速ハヤトを呼んで参れ!」
マイアは弾むような声でそう指示した。
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俺は城の中の一部に限り部屋から出歩くことを許されていた。
今もオークのゴンゾさんに付いてもらいながら城の中を散歩している。
「いたたたた......」
「まだ、痛むのか?」
「少しね」
「しかし姫様の『双掌烈破』を食らってその程度の傷なのだ、むしろ見直したぞ」
「ははは」
(両手で突き飛ばされただけなんだが、凄い名前だな)
俺とゴンゾさんが、そんなことを話しながら城内を歩いていると1人のオーク兵が俺たちの方に走ってきた。
「ここに居たか、マイア様がお呼びだ」
「え? あ、はい。すぐに行きます」
「案内しよう、付いてこい」
俺はゴンゾさんに付き添ってもらいながらマイアの部屋を目指した。
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マイアの部屋に入ると、真剣な表情で机の向こうに座るマイアと立ち並ぶミレーユさんやライオス、そしてハイ・オークの皆様の様子に少し圧倒される。
「な、なんでしょうか?」
「胸の傷は、ど、どうだ?」
「大分良くなりました」
「そうか! では、もう少し近くへ参れ」
マイアは真剣な表情のまま、俺にそう言う。
「は、はい」
そのマイアの雰囲気に緊張しながら前へと進んだ。
「知っているかもしれないが、人間と魔族は長年に渡り争っている。人間といっても魔の領域で生きていけるハヤトとは別の種族と思っていいだろう」
「それは聞いています」
なんでもこの世界は二つの領域に分かれていて、それぞれの領域に暮らす者はもう一つの領域では生きていけないらしい。
その間にある狭間の領域ではお互いの種族が生きていけるが、どちらか一方がその狭間の領域にしばらく留まることで、その種族が属する領域に変化していくという。
俺はこの世界の人間の暮らすという光の領域でも生きていけるんだろうか?
「その上で聞こう、ハヤトよ......わた、わた」
マイアもなんだか緊張しているようだ......。
「わた?」
「わわ、私の配下になってみないか!? ......いや、嫌ならいいんだぞ、今まで通りに城で暮らしてて構わんしな」
「配下......」
俺は少し考え込んだ。
(今と何か変わるんだろうか? それとも何か考えがあるんだろうか? どっちにしてもマイアの庇護下にある事は変わらないよな)
「うむ! どうだ?」
マイアは身を乗り出して聞いてくる。
少し前かがみになり、机に置いた腕に挟まれる事で胸の谷間が強調された。
俺の視線が胸元の深淵に吸い寄せられる。
......その瞬間、
「なります」
と俺は答えていた。
「......そ、そうか! なってくれるか!」
「え? あ、はい! よろしくお願いします」
俺はマイアの言葉で胸の深淵に受けた催眠から意識を戻す。
マイアの顔は先ほどまでの緊張した顔から、少女らしい無邪気で明るい笑顔に変わっていた。
ミレーユさんとライオスが話しかけてくる。
「これからは仲間としてよろしくお願いしますね」
「これで、ちゃんとした仲間だな。今夜は飲もうぜ!」
「よ、よろしくお願いします」
俺は二人と握手を交わす。
「おめでとう、よろしく頼みますぞハヤト殿」
「栄誉あるマイア軍への参入おめでとうございます」
強面のハイ・オークの皆様も祝いの言葉を贈ってくれた。
俺がライオスやハイ・オークの皆様に囲まれる中、ミレーユさんはマイアに何か話しかけていた。
「まずは一歩前進ですね」
「う、うむ」
「それにしても、配下に誘うだけで緊張しすぎですよ」
「うぅ、うるさい!......ハヤト! ちょっといいか?」
俺はマイアに呼ばれて視線を送る。
「はい」
「渡しておく物がいくつかある」
「え? あ、はい」
「まずは、この指輪だ」
マイアの言葉にミレーユさんが貴重品らしく布に包まれた物を持ってきて、俺の前でその布を開いた。
そこには、青い宝石がはめ込まれた指輪が光を放っていた。
「こ、これは?」
「うむ、魔力の指輪という物だ。それほど大きな魔力ではないが消費しても周囲の魔力を集めて自然と魔力が回復するものだ。ハヤトはその身に魔力を宿して居ないようなのでな。......それと、もうひとつ」
マイアの言葉でオーク兵がマンホールの蓋のような円盤状の何かと、見事な装飾が施された腕輪を持ってくる。
「なんか、凄そうなのが出てきましたね」
俺は自然と口が開いていた。
「それは、転移の魔導具!」
ライオスの驚く様子から、かなり貴重なものだと判断できる。
「使い方は後で教えるが、呪文を唱えるとこの世界の何処にいても、石版の上に戻ってくることが出来るものだ。その指輪に込められた魔力だと1日1回の使用が限界なので使い所は慎重にな」
「はい......。ですが、こんな貴重そうな物をいいのですか?」
「考えあってのこと、気にするな」
「......はい、ありがとうございます」
「......で、では。臣下の儀式をだな......。や、やりたいな~」
マイアは椅子から立ち上がると俺の前に歩いてきた。
「今更、そんな古い儀式を?」
ライオスがマイアに訪ねる。
「う! うるさい! お前等はもうよい、下がれ!」
「は、はあ、では失礼します。......ハヤト、後でな」
ライオスは爽やかにウインクしてハイ・オークと共にマイアの部屋を後にした。
「ミレーユ」
「はい......。では、ハヤトさん。マイア様の前に膝まづき、右手を取って下さい」
「は、はい」
俺は言われた通り、膝を床に突いてマイアの右手を手に取った。
その手は白く滑らかで、少し震えていた。
マイアの顔を見上げると恥ずかしそうに頬を紅く染めている。
「では、忠誠を誓うと言い、その手に口付けを」
「え? あ、はい......。マイア様に忠誠を誓います......」
俺も少し震えながらマイアの透き通るような白い手の甲に唇をあてた。
マイアは身悶えながら左手を頬にあてて恍惚の表情を浮かべていたが、俯いている俺に、その表情を知るすべは無かった。
「......マイア様」
「ひゃ! う、うみゅ! もう良いぞ後はミレーユに任せる」
マイアはするりと右手を俺の手から引き抜くと、俺に背中を向けてそう言った。
「はい、ではハヤトさん先に部屋で待っていて下さい。後ほど配下となる者を連れていきますので」
「は、はい」
俺は頭を下げながら部屋を後にした。
俺が部屋を出た後、ミレーユがマイアの横に立つ。
「そのお顔、他の家臣にはお見せにならないように」
「......うん」
マイアは表情をだらしなく緩め、俺の口付けた右手を大事そうに抱えながら、少女らしい口調で返事を返していた。
「300年以上も生娘だと、随分と純情になってしまうのですね」
「......今は何も言うな、自分がおかしいのは分かっている」
「おかしな事ではありませんよ、普通の事です」
「ミレーユも経験した事なのか?」
「......ええ、もちろんですとも」
ミレーユは少し目を潤ませるマイアに寄り添い、その肩を抱きなが優しく微笑んでいる。
その目は、遙か遠くを見つめていた......。