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マイアは自室の椅子に腰掛け1人思案していた。
先読みの鏡で得た情報と転移の秘術を使い、勇者となって我ら魔族を滅ぼすはずだった男は転生前に確保することができた。
その男の顔を思い出してマイアは顔を赤くする。
彼女にはこの胸を高鳴らせる感情が分からないで居た。
簡単に言えば一目惚れなのだが......。
「くそ! 何故、人間に......。いや、厳密には人間とは言えないのかもな」
夜空に浮かぶ二つの月を眺めながら彼女は呟いた。
交わることのない魔族の暮らす魔の領域と人間の暮らす光の領域。
その領域の狭間で終わることのない戦いを、それぞれの領域に暮らす種族達は延々と続けていた。
100年後、光の領域に現れる勇者の存在をマイアは事前に察知することが出来た。
自身を殺し、魔王である父親を殺し、そして最後は信じていた者に裏切られ殺される勇者。
勇者の前世での死を回避しても、100年後に転生する事実だけは変わらなかった。
そして、それを確認したところで先読みの鏡は割れてその力を失ってしまった。
転移の秘術も、秘宝を用いた一度限りの物。
もうあの男を元の世界に戻すことも出来ないだろう。
元々、転生前の死を回避するだけの計画だったのだが、マイアは思わず連れて帰ってきてしまったのだ。
「くそ! あいつは私の何かを狂わせる!」
彼女は毒づきながらベッドに飛び込む。
そして自分が連れてきた男の顔を思い浮かべて1人身悶えていた......。
(ライオスは酒で仲を深めていたな......。とびきり上等な酒を持っていくか)
結局眠りにつくまで、その男の事を考えるマイアであった......。
****
翌日マイアは城にある酒で一番上等な酒と魔の領域でもかなり高価な珍味を持って男の部屋を訪れた。
(名前はハヤトだったな......)
「よし! 開けろ」
マイアは気合いを入れて、オーク兵に扉を開けるように言う。
「ははっ!」
扉が開かれるとハヤトがベッドに腰掛けたまま、マイアに視線を向ける。
(ああ、あの目だ......。胸が締め付けられる)
もはや骨抜きである。
マイアは飛びつきたい衝動を抑えながら、机に酒とつまみを置いた......。
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「おい! 起きろ! どうしたと言うのだ!」
「一体何を飲ませたんです?」
ライオスが慌てた様子のマイアに訪ねる。
「これだ」
「あちゃ~、これは俺でも無理ですよ。口当たりは良いんですけどドラゴンだって酔っぱらうような酒ですよ。3日は起きないでしょうね。確か龍姫様の贈り物でしたっけ?」
「つまみを食べたら、一気に飲み干してしまったんだ」
「それってドラゴンブレスじゃないですか! 無理無理!」
「お前が珍味だって言ってたじゃないか!」
「食べてみました?」
「いや、食べてない」
「止めといた方がいいでしょうね、口から火が出ますよ」
「す、すまぬ~」
マイアはベッドに横たわるハヤトに涙を浮かべながら、すがりつくように抱きついた。
「姫、ハヤト泡吹いてる......」
メキメキと嫌な音をハヤトの身体は奏でていた。
「あわわわわ! すまぬ~!」
城内にマイアの叫び声が木霊した......。