ラハスク村、再び
「ラハドと言ったな、必ずハヤトの身を守るのだ。......何かあれば、そなたの一族を含め無事には済むと思うなよ」
マイアのその言葉には、人間の中では強者の部類に入ると思われる、ラハドさえ冷たい汗を流す程の迫力があった。
「......必ずや」
ラハドは俺にもしないのに、地面に膝を突いて頭を下げていた。
「務めを果たせば、お前の帰郷に手を貸してやろう」
「ははっ!」
(誰の奴隷だ?)
マイアは俺の方を向くと、目を潤ませて見つめてくる。
「......私は今でも反対だからな。目的を済ましたら転移ですぐに帰ってくるんだぞ」
「うん、わかったよ」
狭間の境界で収穫された小麦とシロップを荷馬車に積み、マイアに見送られる。
俺とラハドは再び『光の領域』に向けて進んでいった。
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時は数日、遡る。
俺は城に戻ると、各地から集めた材料を使い『果実のジャムとホイップクリームのクレープ』を作り、城のみんなをその味で魅了した。
城に帰還してからマイアは日に1度はキスを求めてくるようになった。
それが嫌な訳では無いのだが、キスの度に。
「もう、どこにも行かせない」
と、耳元で囁かれ、少し背筋が寒くなる感覚を覚えていた。
向こうに置いてきたラハドを放置して置くわけにも行かないし、彼の見た目では単独の行動も難しいだろう。
ラハスク村の村長、ウルバンさんを引き込めれば良いとも思っているが、それにはまだ時間が掛かるだろう。
恐らく、俺が城を離れることをマイアは反対すると考え、説得の材料になればと思い、スイーツを作ったのだが......。
クレープを気に入った、ミレーユさんや龍姫メリージアさんの援護もあり、なんとかマイアを説得して俺は再び『光の領域』に向かうこととなった。
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「これは、良い出来だな」
ラハスク村の村長、ウルバンさんが俺の持ち込んだ小麦の束を見て、少し驚いた様子で言う。
「俺もそう思いますよ。今回はこれを納めてください」
俺はそう言って今回持ち込んだ小麦の半分ほどをウルバンさんに渡した。
「い、いや。ありがたいのだが、この量は流石に......」
「その替わりなんですが、メルキースまで護衛に付いてもらえませんか?」
「......なるほど、俺を雇うってことでいいのかな? それにしても報酬としてはだいぶ多いけどな」
「口止め料だと思ってください」
「ああ、いくつは予想は立てているが......。魔族絡みか?」
「それを聞いたら後戻りは出来ませんよ? 知らないことにして置いた方がいいんじゃないですか?」
「どうせ、このままじゃ村は潰れる。なら、生き残れる道を選ぶさ」
「町で騎士団に突き出すとかは? 報奨金が貰えるかもしれませんよ」
「そんな事をしても、この村の助けにはならないさ。僅かな報奨金と引き替えにするより、今後もハヤトと付き合っていった方がよさそうだ」
「なら、取引は成立ですね。詳しい事情は途中で話しますよ。それと、これは娘さんにおみやげです」
俺はマイアから受け取った装飾品の中から、首飾りの一つをウルバンさんに渡した。
「こ、こんな高価そうな物。......娘はやらんぞ!」
「え?! ち、違いますよ!」
「本当か? まあ、渡しておくが......本当に娘は要らないのか?」
どっちなんだよ!?
結構な勘違いをされてしまった。
娘のオルフェさんも同じように勘違いされたら不味いかなと思いつつも懐柔のためにと贈り物をしておいた。
何にせよ、ウルバンさんという仲間を迎え、俺たちはメルキースへと向かうのだった。