メルキースの町へ
最初に訪れた村では殺されかけるというトラブルに遭いつつも、なんとか町に辿り着くことができた。
久しぶりの馬に多少戸惑ったが、今ではすっかり言うことを聞くようになっている。
正直、何もなくて嫌だった田舎での経験が、この世界では非常に役に立っていた。
「ここが、メルキースの町か」
ここならば何か情報を手に入れ、満足のいく物の売り買いも出来るかもしれない。
外から見える町の様子には、そんな期待を思わせる雰囲気があった。
「なんだ? 見掛けない顔だがその格好は傭兵か? それとも単なる旅人か?」
町の入り口で鎧姿の門番らしき人物に声を掛けられる。
「旅人でも、傭兵でもいいぞ」
殺され掛けた経験がそうさせるのか、俺は少し荒んだ感じで言葉を発していた。
そんな自分の変化に少し驚く。
「ふん、通行料は金貨1枚だ。さっさと出せ」
俺は、そう言った門番の目をじっと見つめる。
もう一人の門番のニヤついた表情が気に障る。
通行料自体が嘘なのか、金額をふっかけて来ているのかもしれない。
「金貨1枚で間違いないんだな? 支払った証か何かは貰えるのか?」
「ふん! 証なんて物はない、通る度に金を払うんだよ!」
俺は門番を睨みながら金貨を1枚渡した。
「おっと、今は門が閉まっているな。開けて欲しければ金貨1枚だ」
もう一人の門番がニヤつきながらそう言うが、急に表情が変わる。
「くそっ! なんでこんなに早く帰ってくるんだ! おい、お前! もういいから早く行け!」
ニヤついていた門番は急に焦り出すと門を開けて、町の中に入るよう急かしてきた。
背後に目をやると馬の足音と共に、こちらに向かってくる鎧姿の騎士のような者たちが目に入る。
「何事だ?」
「いえ、旅の者に町の案内をしていたところです」
門番は取り繕った様子で答える。
「ふん! どうせ通行料と偽って金を取ろうとしていたのだろうが!」
「と、とんでもない!」
騎士の厳しい問いかけに門番は動揺する。
「旅の者よ、どうなのだ?」
今度は俺に騎士が質問してくる、2人の門番の顔はもう真っ青になっている。
「......町の案内をして貰っていただけです」
「ふむ、ならばメルキースに歓迎しよう」
そう言うと騎士風の男たちは門をくぐり、町の中へと進んでいった。
「早く本国から応援を寄越すように使いを出せ! この町の兵士は横領に恐喝、まるで犯罪者だ!」
騎士は馬を進めながら聞こえるように大声で言い放つ。
「......ほら、返すよ。宿は『銀竜亭』を使うといいぞ。あそこの女将は親切だ」
門番はそう言って、金貨を投げ渡してきた。
「わかった」
「借りは作りたくないんでな」
門番は格好をつけているが、俺が騙されたという事実は消えないのだが.....、なんて考えながら馬を引いて町の中へと進んでいった。
****
門番が教えてくれた『銀竜亭』を探し出し、その扉を開く。
騙されながらも、その相手の言うことを聞いている辺り、自分のことをお人好しだなと苦笑してしまう。
「いらっしゃい! お客さんかしら?」
そう声を掛けてきたのは、茶色の髪を後ろで束ねた20代半ばぐらいの美しい女性だった。
「ああ、とりあえず2日ほど泊まりたい。後は食事を貰いたいんだが」
「2日だと金貨1枚になります。食事は鉄貨1枚です」
「とりあえず金貨しか持ち合わせが無いんだ」
俺はそう言って、金貨2枚を渡す。
2階の部屋へと案内してもらい、食事の用意が出来たら呼びに来ると言われて、俺は鎧を脱いで荷物を置くとベッドに少し横になった。
(きつい旅だったな......)
****
「お客さん、食事が出来ましたよ」
俺は宿屋の女性の声で目を覚ます。
どうやら眠ってしまっていたようだ。
「すぐ行く」
俺は部屋を出ていい匂いのする1階へと階段を降りていく。
「あら? 随分と若いのね」
「え?」
そう掛けられた言葉に俺は意外という気持ちで声を上げた。
今まで若く見られたことはなかったが、この世界ではそうなのかもしれない。
日本人は若く見られるとも言うし......。
「これでも30だけど」
「ええっ! 冗談でしょ?」
「そんなに若く見えるかな?」
俺はカウンターに座り、食事に手を伸ばす。
味は悪くない......。いや、かなり美味い。
「そうね、子供とまでは行かないけど同い年には見えないはね」
「え?」
「ん?」
「同い年って......」
「そうよ、私も30よ」
「......見えないから」
俺と彼女は、カウンターを挟んで大いに笑った。
お陰で随分と打ち解けることが出来た。
彼女の名前はセリアと言い、旦那さんと長年ここで宿屋を営んでいるそうだ。
俺は彼女に、この町の事を聞きつつ、信用できる雑貨屋や食料品店、武器屋の場所を聞いていく。
最近まで悪徳領主の元で悪政が敷かれていたが、最近になって本国から派遣された騎士団によって、徐々に正されてきている所だという。
ただ融通が利かなすぎて、やりづらい部分もあるそうだ。
「今の時代、一人旅は危ないわよ」
「そうだね、身に染みているよ」
一人だと、野営が続けばゆっくり休むことも出来ない。
「奴隷でも買ってみれば?」
「奴隷か......」
結局、寝込みを襲われそうだよな。
「うちでも何人か使ってるわよ」
彼女はそう言って、奥で働く人たちに視線を送った。
この世界では魔法の力で奴隷の行動を縛ることが出来るので、俺が考えていたよりも安全な存在らしい。
「まあ、見に行ってみるよ」
俺は食後のお茶を飲み終えると、売り物になりそうな物を積めた荷物を背負って『銀竜亭』から町へと出掛けた。
****
彼女が教えてくれた店は、セリアの紹介だと言うと好意的に接客してくれた。
装飾品や武器も結構高く売れ、食料品店に持ち込んだシロップも好評で、今後の取引も可能だと伝えると、俺の第2の目的であった調味料や香辛料をかなりおまけしてくれた。
そして、俺は奴隷商人の元へと向かう......。
独特の雰囲気の店の中で待たされると、口ひげを生やした怪しい雰囲気の男がやってくる。
「ふむ、どのような奴隷をお探しでしょうか?」
「頑丈で健康、戦闘力があって森の中でも一人で生きられるような男が欲しい」
「......分かりました、何人か見繕ってみましょう」
男はそう言って席を立つと、店の奥へと消えていった。
しばらくすると3人の屈強な男達がやってくる。
下着1枚の筋骨隆々の男が並ぶ様子は、なんとも圧巻だった。
その中でも、肌が紫色の男は他の2人には無い迫力を醸し出していた。
「どの奴隷も戦闘は得意ですし身体も健康です。何か聞いてみたい事があればどうぞ」
「それぞれ2人きりで質問してもいいかな?」
「構いませんよ」
個室へ案内されると順に奴隷が入ってくる。
俺がした質問は「魔族についてどう思う?」だった。
2人の答えは、憎いだとか倒すべき敵といった答えだったが、肌が紫色の男の答えは。
「......別に」
......だった。
俺は肌が紫色の男を奴隷にする事に決めた。
名前はラハドと言うらしい。
金額は金貨200枚、他の奴隷が400枚だと言っていたので、かなり安いのだろう。
彼はパブル族と呼ばれ、その闇を思わせる肌の色が光の領域では忌み嫌われるそうだ。
その上、ラハドは扱いづらいと言うことで何度も奴隷商人に買い戻されているらしい。
魔導具により奴隷の証がラハドの胸に刻まれる。
主人に逆らったり敵対することで痛みを与え、場合によっては死に至ということだ。
****
俺はラハドを連れて『銀竜亭』へと戻る。
ラハドを見てセリアの顔つきが険しくなる。
「......まさか、の派ブル族の人間を買うとはね。申し訳ないけど、その男は部屋に上げないでちょうだい。納屋なら貸して上げるから、そこで勘弁して」
「......分かった」
俺はラハドに納屋へ行くように指示すると、部屋に荷物を置きに行く。
再び1階に降りた俺はセリアに食事を2人分頼むと、それを持って納屋へと向かった。
「ほれ、ラハド。飯だ」
ラハドは無言で俺の差し出した食事を受け取り食べ始める。
俺も向かい座って、料理を食べ始めた。
「なぜ、お前は俺を買った?」
「町を出たら話すさ、それと俺はハヤトだ」
「......分かった」
「ラハドはなんで奴隷に?」
「俺が住んでいたのは海を越えた遙か南の大陸だ。漁に出て嵐で船が難破して、この大陸に流れ着いた。捕まって奴隷にされて......気づけば、もう5年だ」
「そうか、......ラハドには俺の護衛をして貰いたい、それと、まあ色々と教えてくれ。得意な武器はあるのか?」
「武器はなんでも使える。鎧は動きやすい方がいい」
「分かった、明日必要な物を買ったら町を出るから、今日はゆっくり休んでくれ」
「うむ。......ハヤトはいい主人のようだな」
「さあな? まだ、分からないさ」
俺はそう言って、自分の部屋へと戻っていった......。