甘い樹液
「森の果実のシロップ掛けだ」
朝食の後、食後のデザート兼試食として、おしゃれネーミングを言いながら、居間のテーブルに座るゴンゾやゴブリン達の前に皿を並べていく。
「やばい! 主様、ヨダレガ止まらない!」
「これは、なんとも甘い香りですな」
美味いのは間違いないだろう。
問題は彼らの口に合うかだ。
だがその心配はすぐに無くなった。
「おお! 果実の酸味とシロップの甘さが絶妙に合っていますな! このように美味いものは初めてですぞ!」
「やばい! 主様、ホッペタ落ちる!」
ゴブリン達は皿まで舐めていた。
「この樹液、畑の監視の合間に集められるかな?」
「お任せ下さい、早速行って参ります」
ゴンゾはバケツを2つ持つと背中には果物を入れる籠を背負い、ゴブもゴンゾと同様の格好になっていた。
「ずいぶんと気合い入っているな。取りすぎに注意してな」
「ははっ!」
食文化に乏しい魔の領域では、あんな料理でもやる気を起こさせるには充分だったのだろう。
充分な評価が得られたのでマイアにも食べさせようと、再度『森の果実のシロップ掛け』を作る。
「生クリームも添えたいところだな......」
乳製品はおろか、この世界に来てから牛やそれに似た生き物を俺はまだ見たことがなかった。
思わず龍姫メリージアの大きな胸を思い出す。
(いっぱい出そうだな......。いや、出ないか)
****
デザートの盛られた皿を持ちながら、マイアの部屋の前まで来ると中からミレーユさんの声が聞こえた。
「......現在、先読みの鏡や転移の秘術を行った影響もあり資金がかなり厳しい状況になっています」
「う、うむ」
「所蔵していた魔導具なども売ってみましたが到底足りそうもありません、人間の各地への侵略の影響により食料品が高騰していますし、我が領地でも出兵が重なり充分な食料の確保が出来ていない状態です」
「ハヤトの畑はどうなのだ? 私もたまに見に行くが順調に育っているようだぞ」
「私も見せていただきましたので存じ上げています。しかし未だ規模は小さく、過度の期待は出来ないでしょうね」
「むぅ~」
俺は結構、重要そうな会話の内容に、部屋の扉をノックする事を躊躇っていた。
「よう、ハヤト。何やってるんだ?」
背後からの声はライオスの物だった。
「ああ、ライオス。いや、マイアに料理を持ってきたんだが......」
「なんだか美味そうな匂いだな。じゃあ、一緒に入ろうぜ。俺も呼び出されたとこなんだ」
ライオスは扉を開け「只今参上しました!」と言って部屋へと入っていく。
「失礼します......」
「おお! ハヤトか! どうしたのだ?」
マイアは笑顔で俺を迎えてくれた。
「料理を作ったんだけど......。邪魔だったかな?」
「気にするな。それより、いい匂いだな」
「森の果実のシロップ掛けって言うんだ」
「ほう、どれ1つ貰おうか」
マイアは椅子から立ち上がると俺の方に歩いてくる。
「私もよろしいですか?」
ミレーユさんも同様に入り口に立つ俺に近づいてきた。
「どうぞ、どうぞ。ライオスも......」
ライオスは俺が勧める前にシロップがたっぷり掛かった果実を口に放り込んでいた。
「うお! こりゃ美味いな!」
「先に食う奴があるか、これはハヤトが私に作ってきてくれたんだぞ」
「すいません、甘い匂いに我慢が出来なくて」
ライオスはマイアに頭を叩かれていた。
「まったく......。むぅ! これは美味いな! 人間がたまに持っている蜜に似ているが全然甘さが違うな」
「私も1つ頂きます。......これは蜂の巣から取れる蜜ですか? いえ、少し違うようですね」
「森の木から取れた樹液を煮詰めたんだ。これに果物を漬け込んでも美味しいかもね」
「......なんとも面白いことを考えるな」
「まあ、鎧に塗る樹脂を探していたら、森の奥で偶然見つけただけなんだけどね」
「シロップに漬け込んだ果物ってのも美味そうだな。それも作ってくれよ」
ライオスは涎を垂らしながら、そう言ってきた。
「なあ、ミレーユ」
マイアが真剣な面もちでミレーユさんの名前を呼ぶ。
「そうですね、これは売れますよ! この樹液を出す木はどこに?!」
「もうゴンゾ達が取りに向かってますけど、結構森の奥でしたね。同じ木はいっぱい生えてましたよ」
「よし! 私がハヤトと場所を確認してこよう!」
「私とライオスは採取の部隊を編成して後を追います」
「え? 何をするんだ?」
「ライオスも蜂蜜の価値はしっているでしょうが」
「ま、まあな」
魔の領域に生息する蜂は巨大で頑丈、そしてかなり凶暴なため、その巣から取れる蜜はかなり貴重な物らしい。
「それよりも美味しい蜜が安全に取れるのですよ! 我らの領地で金脈が見つかったような物なのですよ!」
珍しくミレーユさんも興奮していた。
「な! なんだと! こうしちゃ居られねえな。オークとゴブリンを召集してくる。必要な道具は?」
「ナ、ナイフとバケツ」
興奮するライオスに多少引きながら答えた。
「わかった! ありったけ集めさせる!」
「行くぞ、ハヤト!」
マイアは俺の腕を引いてバルコニー出ると、皿を持ったままの俺を抱えて空へと舞い上がった。