82・83・84. 大蜘蛛と雨
改稿に伴い、第82話~第84話を統合してます。
「トーマ! そこを退け!」
そんな声が聞こえた直後、鉄と鉄がぶつかり合うような硬質な音が響いた。
トーマ君のHPゲージは……ギリギリ残ってる!
アルさんが間に合ったみたいだ!
「アキ様、後ろです!」
「うん!」
シルフの言葉に合わせ、振り向きざまに鎌を薙ぐ。
入り込んだ鎌の刃が、蜘蛛の脚を引っかかることもなく斬り裂いた。
どうやら蜘蛛にも、斬りやすい場所があるみたいだ。
その1カ所が……脚の付け根。
「脚を斬ってダメージを与えれば、攻撃からは離れるみたいだね」
「ただ、糸は飛ばしてくるみたいです。お気をつけを」
「了解」
動き回れば糸自体は避けていける。
それに、立ち止まらなければ、飛んでくる糸の数も抑えられるみたいだ。
「はっ!」
そんなことを確認しながら、飛び込んできた蜘蛛の下顎を鎌で引っかけ掬い上げる。
そのままシルフに補助をしてもらって、反対側の蜘蛛の上へと叩き落とした。
「アキ様、今度は横から」
「ん!」
左からくる糸を仰け反るように避け、ステップを踏んで体勢を崩さないように移動する。
避けたことで目の前を抜けている糸を掴み、一気に引っ張った。
「ほっ!」
引っ張った威力を利用して、先に繋がった蜘蛛を真っ二つに斬る。
倒せるときには倒すけど……倒せないなら倒せないで、耐える!
アルさんは1分耐えろって言ってたから。
「けど、そろそろ……きつ、い!」
動き回り続ければ蜘蛛の攻撃は耐えられる。
けど、それは体力が続く限りってことだ……永久的にってことじゃない。
つまり――
「アキ様! 後ろ!」
「ぐ……っ!」
シルフの声に振り向きつつ、身をよじることでなんとか攻撃は防げたが……反応が遅れたからか、体勢がかなり悪くなってしまった。
そんな僕を逃すはずもなく、左右の蜘蛛が飛び込んで来る。
これは、まずい!
「――――――切なる願いの糧となれ。〔愛を象る乙女の涙〕」
倒れ込むように避けようとした僕の頭上を、水の玉が突き抜けて行く。
これはつまり……カナエさんが援護してくれたってことだ!
「……ここだっ!」
形をなくしつつ飛んでいく蜘蛛。
それを見て即座に立ち上がり、走る。
カナエさんが補助してくれてる今なら、この場を一気に抜けられるはずだ!
「ありがとうございます! 助かりました!」
一気に包囲を抜けた僕の言葉に、彼女は軽く頷いて、さらに魔法を放つ。
〔愛を象る乙女の涙〕は、カナエさんがよく使う水の玉の魔法だ。
サイズや数が毎回違うみたいだし、どうも調整がきくのかもしれない。
そういえば、トーマ君が魔法はイメージのしやすさで発動負荷が違うかもって言ってたし、これもイメージで変化するのかも知れない。
「って、そんなことよりもトーマ君! あ、でも僕が動いたらカナエさんに蜘蛛が近づいちゃうし……」
アルさんが助けに入ったことでトーマ君は生きてるけど、場所は結構離れてる。
大蜘蛛とも違う場所にいるってことは、アルさんが移動させてくれたのかも知れない。
大蜘蛛との戦いにトーマ君がいなければ、戦力として不安が残る。
けど、トーマ君を起こすためにこの場所を離れるのも難しい……。
アルさんは、大蜘蛛相手に1人で戦ってるし、カナエさんも蜘蛛相手に距離を取って戦ってる。
カナエさんのMPが心配だけど、まだ大丈夫……?
どうする、どうすればいい……。
(さま……アキ様!)
「は、はい!?」
突然響いた声に、驚いて変な声を上げてしまう。
そしてそれが念話だったことに気づき、僕はすぐ口を塞いで辺りを見まわした。
すると、少し拗ねたような顔をして、僕の傍で浮く……シルフの姿があった。
(し、シルフ?)
(何度呼んでも反応してくださらなくて……)
(……ごめんね)
口から手を離して、拝むように頭を下げる。
彼女はそれだけで許してくれたのか、少し笑ってから、真面目な声で切り出した。
(アキ様。少しの間であれば、私がカナエ様をお守りできるかと思います。ですので、アキ様はトーマ様を……)
(え? いや、それだったらトーマ君をシルフが起こしてくれたほうが、狙われない分早く……)
(そちらも考えてはいましたが……私では瓶を持っていくことしかできず、確実に起こせない可能性があります)
(それは、そうだけど……)
(それにアキ様は、戦闘の中心よりも、少し離れたところにいる方が向いていると思います)
(……シルフ?)
(アキ様には、アキ様にしか出来ない戦い方があると、アル様は言ってました。ですからアキ様、戦い方を見誤らないでください)
軽く周りを見れば、大蜘蛛と戦うアルさん、蜘蛛を寄せ付けないカナエさん……そして僕のお願いを聞いて、カナエさんを守ってくれたトーマ君の姿が見えた。
そうだ、皆……それぞれの戦い方で、戦い続けてる。
なら、僕がしないといけないのは……!
(シルフ、ごめん。少しだけお願い!)
(はい! お任せください!)
その言葉がとても嬉しいみたいに、彼女は満面の笑顔を見せて、僕と蜘蛛の間に半顕現した
それと同時に、僕はトーマ君の方へと走り出す。
動きに気付いた蜘蛛が糸を飛ばしてきたとしても……それは全て彼女に任せる。
きっと、なんとかしてくれる!
カナエさんに走りながら念話を飛ばし、シルフのことは話さず、耐えて貰うことをお願いすれば、彼女は快く受け入れてくれた。
そのことに深く感謝しつつ、ウエストポーチから[薬草(粉末)]と、水の入った瓶を取り出し、混ぜる。
振って混ぜれば、到着するまでには完成するはず……それよりも、トーマ君のHPはかなり危険だ。
気絶状態になってるだろうし、早いタイミングで起きてくれれば、すぐに他のものも飲ませれるんだけど……。
「即効性で20%。その次に回復錠と最下級を一緒に飲ませれば……」
[回復錠]は服用から1分後に効果が発動するタイプだけど、10秒かけてHPが20%回復する。
最下級と同時に飲んでおけば、水分をがぶ飲みするよりは気が楽なはずだ。
それにどうも、ポーションを飲み過ぎるのもちょっと怖い気がするし……。
トイレが近くなってもいけないしね!
そんなことを考えているうちに、トーマ君のすぐ傍まで来る事が出来た。
すぐさま傍に腰を下ろし、トーマ君の頭を膝の上に乗せる。
頭を持ち上げて……ゆっくり、ゆっくり……。
「トーマ君! 起きて、トーマ君!」
声をかけつつ、ゆっくり飲ませていけば、なんとか全部飲ませることができた。
HPゲージも一気に回復してるし、これで即死は免れれるはず。
ただ、まだ安心できるほどに回復してるわけじゃないし、早めに起きて貰わないと危険なのには変わりがない!
「さすがに寝てる状態で最下級は厳しいだろうし……」
そう思いながら、トーマ君に声をかけたり、頬を引っ張ったりを繰り返す。
数分程度繰り返せば、少しだけ反応が返ってきてる気がした。
「トーマ君、聞こえる? トーマ君!」
左手でトーマ君の頬を軽く叩きつつ、右手で彼の手を握る。
カナエさんにやったように、握ったり離したりを繰り返して、意識の覚醒を促せば、次第に彼の目が開き始めた。
「あ、き……?」
「トーマ君!」
すぐには起こさず、意識がはっきりするまで待ってから、彼の身体を起こす。
木を背に座らせれば、彼は数回瞬きを繰り返してから、口を開いた。
「アキ。すまん、下級貰えるか?」
「あ、うん。下級で大丈夫?」
「ああ、問題無い」
用意していた最下級をしまって、下級を取り出して彼に手渡せば、彼はすぐに蓋を開けて飲んでいく。
アルさんだと確実にむせるんだけど……トーマ君はスムーズに飲んでいくなぁ……。
そんなことを考えていれば、彼はすぐに飲み干し、空になった瓶をお礼と共に僕に返してくれた。
「アキ。策はあるか?」
「んー……考えてなかったけど、案は何個か思い付くかも」
「なら聞かせてくれ。詰めるで」
そう言って、彼は近くに落ちていた枝を拾い、簡易的なマップを地面に描く。
どうやら現状については、ある程度わかってるみたいだ。
さすが、情報を扱うだけあって……情報の収集も早いなぁ。
トーマ君のマップを見ながら、僕とトーマ君で作戦を詰めていく。
僕の案に、トーマ君の情報を被せ、どうすれば可能な状況になるのかを話し合っていく。
それを繰り返し、案を潰したり、別の案と合わせてより緻密に変化させ……なんとか形になった。
たぶん、大丈夫……だと思う。
「そんじゃ、それでやってみんで?」
「僕は大丈夫だけど……トーマ君、大丈夫?」
「問題ない。俺にしかできんなら、俺がやるわ」
気負った風も見せず、彼はいつも通りに笑う。
そんな彼に僕も笑い返し、彼とは別の方向へと走り出した。
トーマ君には、カナエさんの方を任せてある。
だから僕はアルさんの方へと近づいて……彼の邪魔にならない場所、かつ、見える場所で手を振った。
『アキさん、どうした?』
「アルさん。ちょっと伝えたいことがあります」
大蜘蛛の攻撃を捌くアルさんの邪魔にならないよう、手短に作戦を伝えていく。
ただこの作戦……アルさんとトーマ君が連携しないといけない作戦だから……。
『なるほど、な。……勝算はあるんだな?』
「あります……とは言い切れないですが、僕は勝ちたいです」
身も蓋もない僕の言葉に、アルさんは笑う。
そして、いつもよりも大きく大蜘蛛の攻撃を弾き、僕の方へと顔を向けた。
『わかった。やろう』
「……いいん、ですか?」
『勝ちたいと……そう思うのなら、やるだけの価値はある。そうだろう?』
大蜘蛛が体勢を立て直すまでの一瞬……まっすぐに視線を合わせ、彼が言う。
そんな彼に対して、僕は深く頭を下げて「ありがとう、ございます」と言った。
大蜘蛛の攻撃を機に、アルさんとの念話が切れる。
ここからはタイミングの勝負……それぞれの役割を、全力でやるしかない!
シルフに戦況を聞きながら、作業を進めていく。
僕がやることは、切られてしまった糸に新しく糸を結びつけ、ひとつに纏めるようにより合わせること。
今回は木に結びつけて、繋がった先の後ろ足を妨害するわけじゃない。
けれど、この作業がしっかり出来ていないと……作戦が上手くいかないかもしれない。
だからこそ入念に……しっかりと……。
(アキ様。そろそろ頃合いかと)
「わかった。蜘蛛の数と、カナエさんの状況は?」
(かなり少なくなってます。カナエ様は……多少疲れが見えるみたいですが、まだ普通に戦われてますね……)
「そ、そう……」
カナエさんのMPって、どうなってるの……?
大蜘蛛との戦いの間……ずっと魔法を撃ってるはずなのに、まだ戦えるって……。
でも、それなら作戦通りにいけそうかな!
「それじゃ、トーマ君達の準備が終わったら、シルフはこれを持って、伝えた場所によろしく」
(はい! お任せください!)
それから少し作業を進め、皆の準備が終わるまでには、なんとか補強が間に合った。
シルフに糸を手渡して、僕は武器を木槌のみに変更。
そして、これからの動きを脳内で整理して……震える身体を、[回復錠]の苦さで誤魔化した。
◇
(……アキ様。トーマ様も移動できたみたいです)
(そう。わかった)
勝負は一瞬……一回限り。
そのことを意識して、硬くなりそうな身体を、深呼吸して解きほぐす。
「……やろう」
――勝つために。
口の中で呟いた言葉は、消えそうなほどに弱く……しかし、それでいて鋭く、僕の心を支配した。
「カナエさん!」
アルさんが攻撃を弾く直前、僕は最初で最後の合図を出した。
直後、気合いの入ったアルさんの声と共に硬質な音が響き、大蜘蛛がその身体を大きく仰け反らせる。
「―――数多降り注ぐ光となれ。〔穢れを払う天の雫〕!」
仰け反った大蜘蛛の上に雨雲が広がり、雨粒を落とす。
同時に、弱点である水から逃げようとした大蜘蛛を中心に、暴風が吹き荒れ……局地的な嵐を形成した。
「……来い!」
嵐が治まったところで、僕は木槌を手に……大蜘蛛の前に出る。
3人がかりで奪い取った時間で、僕はアルさんと場所を交代していた。
――大きい。
前に立った瞬間、視界を奪うその存在感に……それだけを思った。
攻撃を喰らえばひとたまりもない、恐ろしい存在だ。
けど、不思議と……怖くない。
アルさん、トーマ君、カナエさん、そしてシルフが……きっと作戦通りにやってくれる。
だから不思議と、怖くはなかった。
「――ハッ!」
右側から迫る前脚を、木槌で叩き上げ、しゃがんで避ける。
続けざまに振り下ろされるもう片方の前脚は、あえて飛び込んで避ければ、そこに待ち構えるのは開かれた口。
咄嗟に水の入った瓶を投げつけ、怯ませる。
そして、自分の体勢を立て直し……顔に刺さっていた、トーマ君のダガー目がけて、木槌を振り下ろした。
「――――!?」
言葉として聞き取れない何かを叫びつつ、仰け反った大蜘蛛の姿が……一瞬、僕の目の前から消える。
アルさんが糸を引っ張りながら、大蜘蛛の下を駆け抜け、ひっくり返したからだ。
もちろん、アルさんだけでなく、シルフが浮かせ、カナエさんが水の玉をお腹に叩き込んだ勢いもあるんだろうけど。
「まさか成功するとは……」
あとは、トーマ君……!
そんな僕の想いが通じたのか、天井になっていた糸から……金色の光が落ちてくる。
その手には、黒い鉄――アルさんの大剣が握られていた。
直後、響く轟音。
糸の壁で反響するように響いたその音が、消えていくのに合わせて……大蜘蛛の姿が黒く染まっていく。
「はっ、あっけねぇな……」
聞き慣れないトーンで、トーマ君が口を歪めて笑う。
まるでその言葉が鍵だったみたいに、天を覆っていた糸が消え、雨が僕らの身体に降り注いだ。
2019/05/06 改稿




