56. お礼の形
「シルフ、後ろを向いてくれる?」
「……はい」
僕の言葉にしっかりと頷いて、彼女は椅子に座ったまま、くるりと僕に背を向けた。
その動きになびく髪をそっと撫で、掬うように指を髪の中へと滑り込ませる。
まるで風が触れているような……そんな柔らかな感触が気持ちいい。
そのこと小さく笑みを零しながら、僕は彼女の髪を結い上げた。
「はい。できたよ」
結い上げた髪から手を放し、隠し持っていた金属鏡をシルフに手渡した。
そしてその鏡と合わせ鏡になるように、僕は彼女の後ろへと掲げる。
実はさっき、おばちゃんから借りておいたのだ。
「アキ様……これって」
「うん。僕と同じ髪型ーになってるかどうかは自信ないんだけど。このリボンがシルフへのプレゼント」
鏡を見つめたまま固まってしまったシルフの頭を優しく撫でつつ、僕は言葉を続けた。
「いつも一緒にいてくれてありがとう。シルフがいてくれたおかげで、いろんな人に出会えたよ」
「だからありがとう」と、僕が伝えると、彼女の体が小刻みに揺れて……ぐるりと勢いを付けて、体ごと僕へと振り返った。
直後、「アキ様っ!」と飛びついてきた彼女を受け止めれば、彼女は僕の胸元へと顔を当て、静かに涙を流す。
たぶん、感極まったという状態なんだろう。
「……アキ様」
「ん? なに」
「ありがとうございます……とても、嬉しいです」
「……うん、喜んでくれたなら僕も嬉しいよ」
僕に抱きついたまま、見上げてくるシルフの瞳に、僕が映る。
そのことが、とても――
「あ、その、シルフさん。でもですね、いきなり飛び込んで来るのはダメだよ。倒れちゃうかもしれないからね」
「ご、ごめんなさい!」
弾かれるように離れるシルフに、僕はホッと息を漏らす。
だって……あんな顔を見せられ続けたら、正気でいられる気がしないから。
不思議と今でも、心臓の音が……うるさい。
◇
「強躍草……は、あんまり数がないなぁ。[興奮剤]を作ってみたいけど、色々試すにはちょっと数が心許ないし、これはまた今度にしておこう」
鏡で何度も髪とリボンを確認しては嬉しそうにはにかむシルフを横目に見つつ、僕は次の試作材料を決めていた。
ちなみに、リボンはシルフが姿を隠したら一緒に見えなくなるみたいで、宙にリボンだけが浮いているというホラー展開は起きないみたいだ。
「となると……次はカザリ草かな?」
薬草や強躍草と同じ、草系の素材。
これなら同じやり方で試せるだろうし。
[カザリ草:細く伸びた草。気を付けないと手を切る恐れあり。
匂いが強く、汁に粘り気がある]
イネやススキの葉のように葉の周りが鋭くなっていて、気を付けないと紙みたいに手を切りそうだ。
だから僕は中心を親指と人差し指で挟むようにして持ち上げ、鼻の前へとかざす。
……ふむ、結構臭いが強い。
「んー……」
「なんだか鼻の奥が痛くなる感じがしますね」
いつの間にか鏡を作業台に置いて、こっちを見ていたシルフがそんな感想をこぼす。
その言葉に頷きつつ、再度臭いを嗅げば……ああ、これミントとかその辺りの臭いだ。
鼻の奥までスーッと抜けて、ツンとする感じ。
「うん。ひとつ切ってみようか」
「そうですね」
テキパキと台の上に道具を広げて、カザリ草に刃を下ろす。
強躍草の時は赤い汁が出てきたけど、カザリ草の場合は……汁と一緒に臭い成分が出てきたのか、急激に臭いが強くなった。
「これは……」
「すごいですね……」
鼻を刺す臭いを堪えつつ汁へと手を伸ばせば、ねちゃりとした音が聞こえた。
[アクアリーフの蜜]に比べればサラサラしてるけど、普通の水よりは粘ついてるなぁ……。
「ふむ……」
「先ほどと同じように鍋に入れてみますか?」
「んー。そう思ってたんだけど、ちょっと先に試してみたいことができたから、そっちをやってみようか」
「わかりました」と頷くシルフの前に、インベントリから取り出した薬草を置く。
風を使ってその薬草を乾燥してもらうと、次に僕はすり鉢と棒で、薬草が粉になるまで腕を動かし続けた。
「はー、はー……」
「お、お疲れ様です」
「それから、カザリ草の汁を、あつめて……」
「私がやりますから! アキ様は少し休んでてください!」
「……うん」
ぐったりと作業台に体を預けた僕の視界の中で、シルフがカザリ草の汁を瓶へと集めてくれる。
その後、包丁とまな板を片付けてもらってから、僕は汁の入った瓶を受け取った。
「ありがとう。ちょっと楽になった」
「いえいえ、これくらいのことなら出来ますから!」
胸を張ったシルフに再度お礼を言ってから、僕はカザリ草の汁をすり鉢の中へと入れた。
すり鉢の中には[薬草(粉末)]。
そこに水分を入れれると[下級ポーション(即効性)]が出来そうだけど……カザリ草の汁は少し粘りがある。
「シルフ、上から風を当てて少しずつ乾かしてみてくれる? 僕はひたすら混ぜてみるから」
「あ、はい! お任せください!」
ぐちゃぐちゃと混ぜていけば少しずつ混ざり合っていき、手に伝わる感触から[薬草(粉末)]の粉っぽさが消えていく。
さらに、シルフの風で乾いていき、その感触はどんどん硬くなっていった。
「よし、こんなもんかな!」
その宣言と共に手を止めて、用意してもらった大きくて平らで、まるでお皿みたいな木の上に中身を移した。
まだ多少柔らかいけど、もっと乾燥が進めば硬くなっていくんだろう。
だから、それより前に形を整えないとね。
「シルフ、大体このくらいの大きさで、こんな形にしてくれる? 僕だけだと間に合わないかもしれないし」
「わかりました」
シルフと横に並んで、ちぎってはこねて、形を整えたら置いて……またちぎって。
それを何度も繰り返すこと体感5分。
気付けば大きな塊はなくなり、木の上には高さ1センチ、大きさは指の爪くらいの球体が沢山並んでいた。
まぁ、慣れない作業だったからか、ひとつひとつの形としては結構不揃いではあるんだけど。
「それじゃシルフ。完全に乾かしちゃって」
「はい!」
球体を飛ばさないように気を付けながら、シルフが風を送ってくれる。
うん、予想以上に上手くいってる感じがするぞ……!
2019/04/02 改稿




