117. 見るべきもの
「アキちゃんはさすがじゃのう……。目の付けるところが分かっておる」
「そ、そんな……」
「その点、トーマさんとやらはまだまだ頭が固いのぅ……」
「ぐっ! いや、せやかて俺は……!」
「薬師では無い、とな。そのような事は分かっておる」
「じゃあ……」
「しかしじゃな? トーマさんは人を見ることと、戦いには長けておるようじゃが……。それだけでは、いずれなにかをこぼすことになる。守りたいものがあるのなら、モノを見る目を、考える脳を鍛えることじゃ」
ジェルビンさんが、トーマ君へ何を伝えようとしてるのかは僕にはわからない。
けれど、その言葉を聞いたトーマ君はしっかりと頷いて、「わかった」とジェルビンさんに応えた。
「それで、足りない素材って……」
「おぉ、そうじゃったな。魔力を込めた水だけではなく、爆薬として使うのであれば、アキちゃんの言っていた通り『火種』となるモノが必要じゃ」
「そうですね」
「ちなみにアキちゃんは、この水の魔力がどうなったら魔法が発動すると思うんじゃ?」
「えっと……?」
どうなったら魔法が発動するか……?
風の魔力を込めているってことは、魔力としては問題が無いはず……。
それを発動させる……、発動……。
「うむむむ……」
「ほっほっほ……。さすがにこれは難しかったかのぅ?」
悩む僕を見て、ジェルビンさんは楽しそうに笑う。
むう……、悔しい。
「ねぇ、トーマ君はなにか思いつかない?」
「あん?」
「その、この水がどうなったら魔法が発動すると思う?」
「あー……、俺も魔法使わんからわからんが……。そもそも魔法ってのはなんなんだ?」
「……わかんない」
確かに魔法って、何なんだろう……?
シルフが使う魔法も魔法ではあるけれど、彼女にとっての魔法と、僕たちプレイヤーや街の人たちにとっての魔法は何か違うのかな?
うーん……、僕もトーマ君も魔法を使わないからなぁ……。
「ほっほっほ、次の課題はこれじゃのぅ……。答えが分かってから、また次の話をするかの」
「……わかりました」
ジェルビンさんが笑いながら話を切り上げる。
教えてくれないのは、大事なことだから……、自分で気付かせたいのかもしれない。
……たぶん。
ジェルビンさんに挨拶してトーマ君は席を立ち外へと歩いて行く。
そんな彼を追うように、僕も席を立って入口へと向かった。
「のぅ、アキちゃん」
「……ん?」
後ろからかけられた声に気づき、後ろを振り返る。
そこには、僕の方を見ず、横を向いて鍬の調整をするジェルビンさんがいた。
「薬を作るには、いろんな経験が必要じゃ。それこそ本当にいろんな……の?」
「はぁ」
「じゃからな、周りを頼りなさい。アキちゃんの周りにはいろんな人がおるはずじゃ」
「……?」
……この話って、前にも聞いた気がする。
たしか……、森に行く前だったっけ?
あの時は、[風化薬]の事を聞いて……爆薬を扱うことに対しての、覚悟を問われた後だったはず。
「ほっほっほ。それではの、また答えが分かったら来るんじゃぞ」
「あ、はい」
ジェルビンさんは鍬を置いて、僕の方へ笑顔を見せてくれる。
急に軽くなった声に違和感を覚えつつ、僕は入口のドアをくぐった。
「……ひとまず[風化薬]の件は後回しや。今はイベントに向けて意識切り替えた方がええ」
「そう、だね……」
おばちゃんの雑貨屋へと戻り、作業場を借りて、トーマ君と2人だけの作戦会議。
と言っても、僕やトーマ君の持って行くアイテムを確認することくらいしか出来ないけど。
「薬なんかはどないする気や?」
「んー……、一応最下級と下級は持って行く予定だけど、材料を持って行くかどうかは悩んでる。そもそも内容がまだわかんないから、準備のしようが無いというか……」
「まぁ確かになぁ……。俺としてはそんなに持っては行かんから、いるもんあったら代わりに持つんやけども」
「たぶん他の生産系の人も同じ状況かなぁ……。作業用の道具を持って行くかどうかは、結構悩んでると思う」
例えば、僕なら携帯用コンロと鍋なんかを持っていって、薬草と水があればポーションが無くなっても最下級くらいは作れる。
けど、オリオンさんは材料だけで種類が飽和しそうだし……、スミスさんはそもそも携帯用の道具があるのかどうか……。
「トーマ君の方で、何か情報とか入ってないの?」
「まったく」
「そっかぁ……。そもそも発表されるのかなぁ……」
「わからん。やけど、新規のプレイヤーも混ぜてのイベントやし、高難度やないやろ」
「だと思うんだけどねぇ……」
オレアを絞っただけの果汁ジュースで喉を潤しつつ、のんびりと話す。
そういえば今日は、冒険も調薬もしてないなぁ……。
でも、そんな日もあって良いのかも……なんてことを少しだけ思った。




