恐ろしい波
四
サーフィンを始めて一六日目。スチロールのおかげなのか、波に乗ることを素早くできた。でも立つことはできない。きょうもいつもと変わらず海に来た。しかし状況がいつもと違う。波が高い。いつもは膝なのにきょうは胸ほどある。日本列島の小笠原付近に位置する台風の影響だろう。ベテランサーファーも多く、海上には人が大勢いた。
「浩二、右の一番端でやろうか?」
「ああ、そうだな。そこに山田と稲葉もいるし」
「山田が立てるようになったから、稲葉が焦っているらしいぞ!」
「おれっちは、おれが早いだろ」
「なんでだよ」
「おれがボードの地主だからな」
「そんなの関係ないら、練習と感だろう!」
人の倍を練習すれば進歩すると正孝は思う。それに感が働けば怖い者なしである。
きょうは正孝からだ。波は大きいため、サーフできる範囲も広まった。が、それだけ流れが発生することを本にも書いてあった。
波の立つポイントがいつもより沖へとなり、パドルはきつかった。波に乗ろうとすると、斜面が急でためらうときが何度もあった。かろうじて乗ると、ジェトコースターのように下へ急降下する。それは迫力ありスリル満点であった。失敗すれば波に飲まれるだけ。つまり波に乗るが立てずにいて、腹ばいで滑ることを繰り返していた。
山田は立てる。正孝はうらやましく思う。かっこよくも感じた。中学は水泳部からか、立つことは早い。僕らもそろそろ立ちたい。何回も練習するが立てない。どうしてだろうと悩むときもあった。一度、浩二は立ちかけたが、バランスを保てず飲まれた。『惜しい!』と岸で見て正孝は感極まった。
正孝にとって、きょうの波は大き過ぎた。浩二からも同じことを聞くが、楽しんでいるように見えた。ハードなので早々に腹はペコペコとなり昼食タイムにした。
「朝より波の来る回数が増えたな」
正孝はボードを操ることが難しくなったのでそう言った。
「ああ、明日はもっと大きいのかもしれん」
台風の位置により、うねりが駿河湾に押し寄せることを浩二は話している。初心者のくせにサーフ参考書で知恵がついた。正孝は台風の位置など気にならなかった。波が大きすぎるのは参るが、早くボードの上に立てればそれでいい。
「これ以上でかくなったらやだな。怖くないか」
「なにビビってる。サーフィンをやりに来てるんだから。波に乗ることだぞ!」
当たり前のことを浩二に言われた。波を怖がればサーフィンではない。せめて立つことができれば大波でも楽しむのではないかと思った。
午後になると波の勢いは増し、ポイントに出るのがつらくなった。岸辺で練習をした。
偉そうなことを言った浩二も、沖へ出るのがつらいようで同様の練習をした。夕方には波がより一層大きくなった。明日は、波がより高くなると正孝は感じた。
五
翌日。
「ばかでけえぞ!」
正孝は河口に来て声を大にした。
「うわ、でけえ! これじゃ、上級者向けだな」
自転車を止め、テトラポットへ上がる浩二も一目見て言った。
昨日より台風は接近し、波は数段と大きい。昨日の倍はある感じだ。海には大勢のサーファーが入っていた。見ているとサーファーたちは大きな波でも気持ちよさそうに滑っている。まだ立てない正孝は、何年か先にこの大きな波を実際に滑るだろうか、とも思った。
どうするかと浩二に聞いた。初心者の僕らはどう沖に出るかが問題。この波でやるのか?
「とりあえず挑戦しよう!」
「マジで! こんなでかい波を?」
何を考えていると正孝は思った。沖まで出るための〈ドルフィンスルー〉という波を潜って越す腕はない。入っても白く分厚い波によって押し戻されるに決まっている。
「むりだろうよ、どうやって沖に……」
浩二に話し掛ければ視線を外され、岸に目が入っている。山田と稲葉が岸から手を振っていた。すでに着替え終わっていた。山田たちは海に入るようだ。それを見た浩二は着替えようと正孝を急かせた。
着替え終わると岸へ下りた。波をみると大きいというより巨大だ。巨大な青い壁が何秒後に現れては白く崩れ、また現れては崩れを繰り返している。ベテランサーファーが滑ると波は背丈を越えている。業界用語でオーバーヘッドというようだ。
昨日の波でも大きく、この大波へ入ることを考えると背筋が凍る。まして間近で見ると余計だった。浩二はトップバッターを切り、山田たちと一緒に海へ入り出した。
入ると三人は東側に大きく流された。もう流されるのかと、正孝は口を引き締めた。大波では危険な条件を増す。特に台風波ではなおさらと、しっかり本に書いてある。
浩二たちは必死でパドリングしている。潮の影響か、あまり進んではない。そのとき、崩れた分厚い波が三人を襲った。見失うが数秒後、岸のほうへ押し戻されていた。三人はその直後も波に飲み込まれていた。どう見ても沖には出られない。流れに気づいた三人は、波に飲まれながら上がった。この状態を見ていると、波に飲み込まれながら岸に上がるしか方法はない。サーフどころではないと感じた。
浩二と稲葉は正孝のところに戻って来た。『はぁ、はぁ、はぁ、次は正孝の番だ』と、彼はリッシュを外している。山田は一息つくとまた挑戦するようだ。
浩二からボードを受け取ったが、すでに怖じ気づいていた。でも三人は挑戦した。稲葉は行ってこいという目だ。正直言えば入りたくない。だが、サーフ仲間は洗礼を受けた。自分だけ受けないわけにはいかない。渋々右足にリッシュコードを巻いた。
台風の波は周期的に来る。波の群れが三本来ると波はなくなる。サーフ参考書の通りで、浩二たちを見ながらも思った。彼らは間隔を見ないで入ったために沖へ出られないのだろう。
山田を見ると波に何回も飲まれている最中だ。意志を決め心で十字架を切った。間隔を見ようとすると、ちょうど来ない。今だと思い、正孝は必死にパドリングした。いいときに入った。岸を見ると左に流されている。必死にこいだ。沖にいるサーファーたちへ近づいてきた。陸を見ると東側へ流されている。でも一度も波は来なかった。どうにか沖に出られたようだ。岸にいる浩二たちが小さく見える。
沖へ出たというのに、どう岸へ上がるかを考えていると、巨大な壁が現れた。逃げようとするが近づいて来る。テレビ映画で見た津波が町を襲うシーンに似ている。『うわぁ!』と叫んだ。身の毛がよだつ。背筋は凍りつき、死ぬ瞬間を感じた。巨大な波に飲まれる、と思うと通り越してくれた。崩れずにすんだ。
「ふうっ、ばかでかかった。なんなんだあの波は。こんな津波でサーフできるのか」
と正孝はつぶやくと、間髪いれず次も来た。二本目だ。また襲われるのかと鼓動の波もたった。間近で見る初めての大波。岸へ向かえば崩れるのが早まるのだが、大波を目の当たりにするとおびえてしまい逃げてしまう。心臓は伸縮を繰り返していた。『ううっ!』と思えば、また通り過ぎてくれた。一安心だった。今の波を顔見知り先輩サーファーが滑った。すごい迫力でかっこよかった。だが、三本目の波がやって来た。さっきより奥から巨大波はやって来た。
次は絶対飲まれる。遥か沖からだ。必死で岸に向けこいでしまった。『死ぬ、死ぬ!』と焦った。
後ろを振り返ると崩れる手前だった。でかい壁が倒れる。恐怖は絶頂となった。その瞬間、波の上から海面へ落ちた。『うっわっ!』。巨大な洗濯機の中に放り込まれるようだった。ドッカーン、と。苦しい。ぐるぐると回される。身を縮めていた。洗濯機の渦に入った靴下の気分だ。海面には上がらせてくれない。鼻から水を飲んだ。苦しい。どっちが海面なのかわからない。苦しさが限界になったとき、目を閉じているが明るさを感じた。
「ぶぁ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」
海面に出たとき体力は一挙になくなった。数十秒が数十分に感じられた。今の波に飲まれてからか、沖にいるベテランサーファーとの距離がだいぶ離れてしまった。体力はなく岸に戻ろうとするが、東側へと流されているのがわかった。
「やばい! どうしよう!」
とつぶやくと、背筋は凍りつき、幾度と恐怖感がわいた。見る見るうちに東へ流されていく。必死に岸に向けパドルするが、体力は限界に近い。自分は死ぬのかと思った。岸では浩二と稲葉が自分を追っていた。来いと手で合図している。向かっているが進まないんだ、と正孝は心で叫んだ。もはや言葉を発する気が起きない。それだけ疲れと恐怖感がわいていた。
大きな波がやって来た。三本あると思うが見えない。重なっているのか? この波に飲まれれば少しは前に進むと思った。虎穴に入らずんば虎児を得ずという気持ちだった。
岸に向かい必死にパドルをする。この三本に掛ける。一本目がやって来た。が、崩れなかった。飲まれないことを望んだときと逆だ。とにかく今は飲まれることを望む。サーフへ来たのに何をやっていると、自分へ毒づいた。
二本目が来る。巨大な壁。必死にパドルする。飲まれるのも恐怖だが助かる道はそれしかない。全力でこいだ。すると壁は正孝の手前で崩れた。ドカンと大波の音。瞬間飲まれた。『ぶぁあぁぁああ!』と苦しい。巨大洗濯機に再度放り込まれた。鼻から水が入った。ぐるぐると回された。苦しい。息をしたい。早く海面に出たい。出るとまた繰り返さなければならない。神様助けてくれ。
「ぶぶぁあ。あっ、はぁ、はぁ、はぁ!」
苦しかった。しかし息を整える暇を与えなかった。三本目の分厚く白い崩れた波が襲って来る。
「あっ、あっ、はっ、はっ、また、またかっ!」
息切れで声も出ない。正孝は飲み込まれる瞬間、息を思いっきり吸い込み潜った。巨大な洗濯機が回った。もみくちゃになった。鼻へ水が入らないようにと手で押さえた。が、むだだった。全身の自由はなく、四方八方を水圧でいじめられた。口からも水を飲んでしまう。おぼれるのか。助けてくれ、神様。と思うと二本目より早く海上に出た。だが意表をつかれた。四本目もあった。すでに崩れ分厚い波がすぐやって来る。『もうだめだ。死ぬ!』と思い、飲まれた。こんなに自分を洗濯機に放り込んで楽しいか。波ってこんなに恐ろしかったのか。頭中は鼻から入った海水で破裂しないものか。苦しい、神様助けてくれ。ついた! 足がついたのだ。助かるかも。ここでもう一回飲まれれば、と。海面に顔が出た。苦しみから解放されたがせきでむせた。息を整えなければ余裕がない。
岸を見るとテトラポットを積む場所までに身は迫っていた。新なる危険が正孝を襲う。こんなに流されていた。入った場所からおよそ四〇〇メートルはある。
ボードへ腹ばいになるのをやめ、クロール泳ぎをした。岸辺に大波が来た。瞬間に飲まれた。ぐるぐる回る体。波が持つエネルギーを知らされた。自分は柔道の練習台になった感じだ。これでもか、と見せつけているかのようでもある。
飲まれる中、両足がついた。水面から顔が出た。助かると思った正孝は再度クロールで泳いだ。波打ち際は目の前だ。すぐそこなのに泳いでも進まない。泳いでも引き込まれる。後ろには巨大な白い波が迫っていた。最後の望みであった。身を前へ飛ばせるかのように飲まれた。もはや体力はないに等しい。『ううっ!』。力は出ない。海草のように波に身を任せるしか方法はなかった。きょう何回目かの洗濯がようやく終わった。
生きている。波打ち際にいた。力尽き、四つんばいで波から逃げる。サーフボードを引きづりながらであった。そこにいると波に引き込まれる。今の体力だとまた海に逆戻りだ。
浩二と稲葉は駆けつけてくれた。浩二は自分の足のリッシュをはがし、ボードを素早く抱えた。波に飲まれないようにと岸に運んだ。正孝は稲葉に肩を借り、波から遠ざかった。三人は海岸線の波を浴びながらである。
「危なかったな! もう少しでテトラの餌食だったな! 心配してたよ」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
正孝は声を出せない。体が震えている。恐怖からだろう。彼らにこの震えはばれたくない。が、止まらなかった。
「大丈夫か? 何回もでかい波に飲まれてたが……」
「はぁ、はぁ、だいっ、じょうぶっ、じゃ、ないに、きってるら。はぁ……」
仰向けに寝ている正孝の言葉はとぎれとぎれだが、浩二に通じたようだ。目も開けたくなかった。疲れ果てた。息はまだ整わない。死ぬ思いを経験した正孝は体力の回復を寝て待つしかないと。彼らも座った。自分の回復を待ってくれるようだ。
一〇分ほど無言が続いた。まだ震えは止まらないが、上がったときよりおさまった。浩二を見ると無言だがこっちをちらちら見るので、自分の様子を気にしているのがわかる。目が合ったので話してきた。
「テトラまで流されたら警察か消防に通報しようとしてたんだ。なあ稲葉」
「おお、ギリギリ自力で上がりそうだったから、通報しなくてすんだよ」
「冷や冷やしながら見守ってた。おれらじゃ何もできないから。あんなに波を食らってる正孝見てると、こっちが動けなかったよな。でかい波に何回も飲まれているから……」
稲葉は僕らより早くからサーフをしているが、何回も波に飲まれる自分の姿に圧倒したのか。
「死ぬっかっと、おもったっよっ」
まだ言葉が途切れる。胸の鼓動も落ち着いてきた。浩二たちの表情はまだ強ばっている。この状況に笑いは禁物と彼らは感じるのだろう。
三〇分ほど寝ていた正孝はようやく上半身を起こした。波を見つめた。
「きょうはもうむりだ。浩二はやるのか?」
やらないと思うが、正孝は聞いてみた。
「台風波のすごさを思い知らされたから、おれもやっぱ入れないな」
正孝の洗礼は浩二たちまで身に染みた。技量のない初心者がむちゃをすると悪い結果を生み出すことを。
十分休憩を取った正孝は定位地に戻ろうとした。戻っている途中に先輩サーファーが声を掛けてきた。
「大丈夫だったか。おまえ流されてたから、波待ちのときみんな心配してたよ。上がったときは安心だった。みんな沖で話題になってたから。あんまむりするなよ!」
どうやら先輩たちは流された正孝の話題を海で話していたらしい。自分なんか無視されているとばかり思っていた。が、先輩たちが気にしてくれたことに心は安らいだ。
山田の姿が見当たらない。稲葉に聞くと、まだ海に入っているようだ。つまり流されることなく、沖にいるということ。この波で長く沖にいれば、何度もうねりの波を体感するため自信がつくと思った。彼は常に一歩早く、四人の中では出世頭にあたる。
荷物の置いてある定位地に戻り、先輩たちのサーフィンを見た。正孝はまた仰向けで寝た。まだ昼の一二時であるがサーフする気はない。腕が疲れた。それに大波にはかなわない。浩二たちが沖に出なくて正解である。流されなくても、もし沖に出た場合、岸に上がるとき何かしら不備なことになると思うから。海の習性を知らないと、どえらいことになると体験してわかった。
昨年、ここの場所を見つけ、浩二と流された場所で波遊びをした。きょうのように大きい日はなかった。が、よく考えると無防備で遊んでいたのがわかる。昨年はボードもない。知らずに沖に流されていれば水死していたかもしれない。すぐ横にはテトラポットもあり、東側に流されると岸に上がれないのだ。きょうの体験は教訓だった。サーフィンを続ける限り、海を甘くみないことにした。
昼食のおにぎりはのどを通らなかった。正孝は、死と擦れ擦れの経験を味わったのでショックは隠せなかった。いつもの小波ならこの時間は腹ぺこでおにぎりをあっという間にほお張るのだが。食べないと体力が回復しないと稲葉が言うので、おにぎりをお茶で流し込んだ。食べながら思うことがあった。それは『神様』の存在。波に飲まれていたとき、神様と心で助けを叫べば海面に早く出た。もう一度心で唱えると足もついたのである。それで神様が存在すると判断した。
正孝の午後はやる気がなく、ベテランサーファーのライディングを見ただけ。浩二は岸近くの波で練習していた。沖に行けないので、それは無意味にも見えた。
六
流された翌日も河口の海へ向かったが、波はまだ高く正孝と浩二はサーフをやらなかった。昨日のことで観戦になった。台風は北上して和歌山から列島を縦断した。波がおさまったのは流されたときから四日後。それまで僕たちはサーフをやらなかった。昨日まで台風の余波は残ったが、きょうは一挙に下がり波は膝である。正孝は十分過ぎるくらい体力を回復した。
「やっぱこれくらいが一番いいよ」
正孝は浩二に同意を求めた。
「そうだなひざで十分だ。台風波のでかさから、こんな小さくなるんだもんな」
浩二も小波で満足のようだ。大波は技量がついてからサーフするものだ。うかつに入ると危険だ。まだ一六歳で死にたくはない。自分たちはそれなりの技量にあった波でやるのがいい。それが楽しみになる。
昨日まで波は高かったのか、ベテランサーファーは膝波では海に入らなかった。正孝たちは喜んで入るのだ。ボードの上に立てることが目標第一だからだ。
この日は膝波でも何回も乗り立つ練習を繰り返す。立つとき板上が滑るため、何度もワックスを塗った。それが効いたのか、正孝はこの日の午後、ボードの上に中腰で立てた。
「やった! とうとうやった!」
思わず大声を出した。岸で浩二は拍手。彼より早く立てたので、より一層うれしい。大波の洗礼も効いたのかもしれない。
まぐれと思いもう一度。だが失敗。続けてやると三回のうち一回は立てた。この感覚だと思い、練習を続けた。
交替すると浩二もきわどい。もう少しである。左足は立つが、右足は乗らない。陸上で走る前、選手が『よーい』と片足を立てひざの状態。正孝もそこから先が難しかった。一気に立つと失敗するからだ。でも先輩は一気に立っている。そのときの波の状態も関係するのだろうか。立ったことで感覚もわかった。小さい波はパワーがないため立ちづらいことを。山田からもそのようなことを聞いたこともあった。
正孝が先を越したので、浩二は必死に練習している。見ていればすぐ立てそうだから、彼も練習次第だろう。
この日進歩した。サーフィン始めて二一日目でやっと立てた。大波で流されたのはいやな思い出になったが、ボードに立てたこの日はいい思い出となり、実感は忘れない。サーフィンを続けてきてよかった。流された翌日はやる気が薄れていた。が、きょうの立てた瞬間は続けていて本当によかった。
海の帰りに立てた祝いとなり、約束だったコーラとハンバーガーを浩二におごってもらった。うれしさで気分よくおいしかった。
浩二もいずれ立てる日が来る。そのときは祝ってやろうと。サーフボードは浩二の物。そのおかげでもある。借りている正孝が先を越してしまい、友として今度は浩二を応援するつもりだ。
翌日。きょうの波は膝から腰と昨日より上がった。浩二からサーフする。五本目だったか、浩二はついに立った。その様子を見ていたので正孝は彼がやってくれたように手をたたいた。昨日、自分が立てたので浩二は蒲団でいい加減練習をしたのかもしれない。負けずとがんばったのではないか。
浩二の表情はとても喜んでいる。岸から、
「やったな!」
と正孝は叫んだ。これで二人ともボードに立てた。テイクオフ成功だ。この日のことを浩二は一生忘れない日になっただろう。
「やったな! どうだっけ?」
「両足が乗って立ったとき、バカうれしかった。すぐおまえを見たぞ!」
「おれもうれしかったぞ。立ったじゃんって! これでおれたち並んだな。次なるステップを踏んでこうぜ!」
正孝はにやけた浩二を励ました。とてもうれしそうだ。歯がキラリと光った。これで僕らはやっとサーファーと呼べた。今夜は浩二家でビールと決め込んだ。
交替した正孝も、昨日より波の状態がいいのか、次々にボードへ立てた。波を滑ることは自転車に乗っている気分とは違い、別の快感がある。ストレスの発散になった。このような気持ちは初めてであり、サーフィンのおもしろさを身に染みて感じた。
残りの夏休みは横に滑ることをマスターしなくてはならない。正孝は彼のボードばかりで悪い。二人で海に入りたかった。この日から中古ボードを手に入れようと、先輩たちへお願いに回った。残りの休みをサーフィンに掛けるのだ。うまくなりたい。できれば台風の波を一本でも滑りたい。サーフボードを持ち、大波を浩二とともにで滑ることが、一六歳である正孝の今の夢となった。
(了)
実体験の作品です。あれから何十年とサーフは続けています。いまでも海の危険さを身に染みています。