おまけ……創作ノート(ネタバレ注意)
「POISON&FOREST ―神なきDOLLの探偵団―」コンセプト資料
環境技術が発達した近未来の都市を舞台に、ヒトとDOLLが織りなす学園ミステリー
◆日常から非日常への導入
主人公を最初から非日常世界の住人にせず、主人公の視点、価値観を読者層に合わせる。
本作のプロローグは2022年、表面上は現代と何ら変わらない平和な日本のいつも通りの朝から始まる。朝食の席での他愛もない姉との会話、テレビで垂れ流される軽薄なバラエティー番組など、ごく平凡な日常が主人公の視点で淡々と語られ、直後に訪れる蒙古連邦の空襲というカタストロフィを際立たせる。見慣れた街が徹底的に破壊され、市民が虫けらのように殺され、それらを見ていることしかできない主人公の無力さは、ラストの姉の死によって決定的に強調される。空襲はその後の主人公のみならず、他のキャラ達にとっても行動の動機付けとして重要な意味を持つ。
◆ボーイミーツガール
突如現れる個性的なヒロインが、主人公を巻き込んで物語をスタートさせる。
ボーイミーツガールの段階で主人公は問題を抱え精神的に行き詰った状態にあり、多少強引にでもそこから引き上げ、活躍するきっかけを与えてくれるヒロインの登場を待っている。主人公は当初、消極的で受け身な姿勢であり、ヒロインのために仕方なく行動を始め、物語世界と関わりを持っていく。
物語の中盤から、主人公が徐々に精神的な余裕を取り戻していくのと反比例して、ヒロインをはじめ周囲のキャラが隠し持っていた問題が次第に明らかになっていき、主人公はそうした問題と向き合うことで人間的に成長していく。
◆主人公視点のストーリー展開
本作では主人公の一人称形式を採用する。
局面打開は主人公の決断やひらめきによってもたらされ、キーパーソンとの接触や推理は主人公が行う、推理小説の常道として推理に必要な情報は全て読者に与えるなど、読者がノベルゲームをプレイする感覚で読み進められるよう配慮する。
◆主人公の外的目標と内的目標
本作のメインテーマとなるのは「復讐」である。
主人公の糸川実は5年前の福岡空襲で姉を殺した蒙古連邦を憎悪し、復讐の手段として少年自衛官(陸上自衛隊高等工科学校)を目指しトレーニングや勉強をしてきたが、親の反対で志戸子学園に進学させられ、気力を失い登校拒否に陥っていたところ、桜に強引に学園に連れてこられ、桜の立ち上げようとしている探偵部および廃部寸前の園芸部(後に統合して「植物探偵団」に)の公認・存続のための活動を手伝わされる。最初は面倒なことを早く終わらせたくて仕方なく協力していたが、園芸部の廃部をもくろむ生徒会長・瑠璃の率いる生物部が、蒙古連邦への緑化支援ビジネス「ミスティルテイン計画」を推進していると知るとこれに反発、桜達に協力して積極的に行動するようになる(外的目標)。
しかし「ミスティルテイン計画」の正体は、自分と同様に蒙古連邦を憎悪する瑠璃の企てる支援にみせかけた復讐であり、実行されれば蒙古連邦の人民に大量の犠牲者が出るものであった。
また、その「ミスティルテイン計画」によって親友・波那を人体実験の犠牲にされ、計画の黒幕である瑠璃の義父や日米両政府、彼等によってつくられた緑化都市をも恨んだ蛍は、ミスティルテインに波那の細胞を融合させた怪物を生み出し、怪物を延命させるために学園に通うDOLL達を生贄にしていた。
それらの真相を目の当たりにした物語の最終局面において、主人公は自分の本当の願いは復讐ではなく、姉のような罪の無い民間人が犠牲になる不条理と戦うことだと気付く(主人公が「復讐」を克服するという意味では、救いのある結末)。
◆キャラクターの表層と秘められた思い
主要キャラには2~3層の秘められた思いを配し、キャラ設定に厚みを与えるとともに、謎解きのための手がかりとする。
1.瑠璃(読者が当初の段階で敵役として認識するキャラクター)
表層:学園の生徒会長で、主人公達と対立する生物部の部長。大手DOLLメーカー・ミサキグループの総帥令嬢で後継候補と目されている。量産型のDOLLとは桁外れの演算機能を持ち、将来の指導者に相応しいカリスマ性を備えたクールなビジネスウーマン。科学技術の信奉者であり、効率と実益を重んじ倫理や既成概念を軽蔑する。一般生徒に見せる温和な振る舞いや奉仕活動は政治的パフォーマンスで、性格は冷酷だと政敵からはみなされている。DOLL連続失踪事件においては、隠蔽工作と思われてもおかしくない処理を行い、主人公達の捜査を妨害、主人公達に真っ先に疑われる。
深層1:ビジネスウーマンや政治家らしい言動はあくまでプログラムであり、情に厚い性格をプログラムで抑え込んでいる。路線対立でたもとをわかった朝菜のことを内心気にかけており、義父の旧友の息子である主人公が登校拒否をしていることも心配して、朝菜の園芸部が存続できるように、主人公が学園に通う目的を見つけられるように、それぞれ遠回しに(それと気付かれないように)フォローをしている。自分の発言が相手に及ぼす影響を計算に入れ、巧みに自分の意図を隠して発言している。プライベートでは、福岡空襲で家族を失い身体に障害を負った戦災孤児達を密かに世話している。子ども達に感情移入しており、眼帯をしているのも、片目を失明した孤児に自分の義眼を提供したから。
深層2:孤児達の家族を奪い手足や目を奪った蒙古連邦への憎悪を隠して、日蒙友好プロジェクトとされている「ミスティルテイン計画」に携わり、「金の亡者」「売国奴」との批判を甘んじて受けている。その真の目的は孤児達に代わって蒙古連邦に復讐することであり、蒙古連邦に壊滅的な打撃を与え、二度と他国を侵略できないよう大国の座から引きずり下ろすことである。
2.蛍(真の敵役)
表層:学園が付属する屋久島大学の助教授で生命工学の研究者、学園でも生物講師をしている。DOLLとして世界で初めて教鞭を執ったDOLL生徒達の憧れの的であり、茶目っ気と年長者らしい優しさをあわせもったお姉さんキャラ。教え子であり後輩でもあるDOLL達を研究室に招いて人生相談に付き合うなど面倒見もいい。また、生徒達の野菜アート大会に出場して謎の物体を作ったり、主人公と仲良くなると冗談のような奇妙な仮説を披露し始めるなど、天才科学者にありがちな変人ぶりも時折発揮する。
深層1:生物部の顧問を務める瑠璃の側近で「ミスティルテイン計画」の真の目的を知る同志。
深層2:瑠璃と同様、情に厚い性格で、5年前の福岡空襲時は自衛隊の観測機をしていたが、命令に背いて出動し主人公の命を救っている。命令違反で自衛隊を追われ、瑠璃の義父の下で研究に従事したが、担当した治験者の少女波那との間に友情が芽生え、波那の死後、波那に対して行われていたのが治療ではなく「ミスティルテイン計画」のための人体実験だったと気付くと激しい憎悪を抱き、「ミスティルテイン計画」を最終段階で滅茶苦茶にして復讐しようとする。また、ヒトのパーソナリティは遺伝子に宿るという行動遺伝学の異端説にとりつかれ、波那の細胞をミスティルテインに融合し、生まれてきた怪物を波那の生まれ変わりだと信じ込むようになる。怪物の生命維持に必要なイザナミウムを確保するために、自分を慕うDOLLの生徒達を平然と欺いて生贄にするなど、善悪の区別がつかなくなり狂ってしまっている。
深層3:一方で、5年前に助けた主人公を気にかけており、助けられなかった主人公の姉の墓に花を供え続けるなど、かすかに良心を残していた。主人公と再会したことで揺らぎが生まれ、ラストは米軍が全ての証拠を消し去るために放った巡航ミサイルが学園へ迫る中、皆を救うために満身創痍で特攻する。
3.桜(主人公の相方、物語世界への案内役)
表層:名探偵を自称し、誰もが就職や進学のための部活動をしている学園で、探偵部を立ち上げようとする。その理由もアニメにはまったからという幼稚なものである。DOLLとしては型破りの傍若無人な性格(主人公いわく「ジャイアニズムの化身」)で、自分の目的のために主人公や朝菜・夕菜を無理やり協力させ、その場で思いついた嘘を平気でつくなど、いかなる手段を用いても自分のやりたいことを押し通そうとする。悪知恵が働くが詰めが甘い。残念ながら探偵の素質はあまり無いが、桜の無意識に発する一言が主人公の推理に役立つことがある。
深層1:実は主人公の父親(DOLL研究者)につくられたDOLLで、登校拒否をしている主人公に学園に通うきっかけを与えるようプログラムされていたことが後に発覚する。
深層2:主人公を勧誘したのはプログラムに影響されていたが、探偵に憧れたのはプログラムではなく本人の意思。量産型ではない特注品として、型破りな性格に設計されたために生まれた時から他のDOLLと自身の違いに疎外感を覚え、エルキュール・ポアロのように物語の中で普段は変人扱いされているが非凡な才能で名推理を行う探偵に憧れ、自分も名探偵になって存在の意味を証明しようとしていた。
◆バックストーリー
超大国・蒙古連邦の侵略と敗戦、個性と感情をもつ人型機械「DOLL」の出現、そして最先端の環境技術を結集させた「緑化都市」。3つのフィクションを柱に近未来世界を構築する。
2022年。ユーラシア屈指の軍事力を誇る超大国・蒙古連邦は、かねてより領有権を主張していた日本の西南諸島から日本を排除すべく、日本南西部への大規模な攻撃を行った(2022年は西南諸島がアメリカから日本に返還されて50年目の年で、50年間実効支配すると領有権が認められる国際法の慣例を蒙古連邦は恐れたという説)。後に西南事変と呼ばれたこの戦争で、憲法上の制約から専守防衛に徹した日本は惨敗する。同盟国のアメリカは、財政難でこの頃既に在日米軍を撤退させており、日本への十分な支援が行えなかった。蒙古連邦は自衛隊基地を攻撃する名目で福岡など大都市への容赦のない無差別爆撃を行い、一般市民に大量の犠牲者を出した。
戦争の結果、日本は西南諸島の領有権を放棄し、以前から蒙古連邦の移民が大量に流入し日本人の人口を上回っていた西南諸島は住民投票の結果、日本から分離独立。間を置かず蒙古連邦に併合された。
戦争に勝利した蒙古連邦は西太平洋における海上優勢を確立。これによって蒙古連邦の戦略原潜がアメリカ本土まで核攻撃可能になり、アメリカは蒙古連邦への軍事的優位を失って影響力をハワイ以東に後退させ、日米安保体制は事実上崩壊した。
南方の制海権を奪われたことによって石油の輸入が不安定になった日本政府は、エネルギーを原子力に依存する方針に転換するが、国民の根強い反原発感情に配慮し、自然エネルギーの研究開発を促進する意気込みを国民に示し将来への希望を与えるために、蒙古連邦の勢力圏に対峙する最前線である屋久島に、最先端の環境技術を結集させた緑化実験都市を建設した。
また、少子化と戦争による人口減少を補うため、日本政府は2020年にはやぶさⅡが宇宙から持ち帰ったイザナミウムで個性と感情を発現させる完全自律型ロボットDOLLに市民権を与え社会進出を促進した。西南事変当時、実験的に配備されていたDOLL達が自らの意志で積極的に人命救助を行ったことがDOLLの社会的地位を大きく向上させており、多くの日本人はDOLLを同胞として受け入れた。
そして戦争から5年を経た2027年、新たな日蒙友好の象徴として日本側の全面的な技術・資金提供による蒙古連邦タクラマカン砂漠緑化支援プロジェクトが提唱された。戦争の傷痕が癒えぬ日本で多くの国民から屈辱的な朝貢だと非難を浴びるこの事業に、バイオテクノロジーを駆使したかつてないアプローチで緑化を行う「ミスティルテイン(宿り木)計画」が提案される。だがその計画の正体は、日本とアメリカが密かに企てた、蒙古連邦への緑化支援に見せかけ、実際は植物を枯死させる細菌を散布するバイオテロ「トロイの木馬作戦」だった。




