九
名無し子が掃除を終える頃、高菜の方も、ちょうど風呂から出たところであった。
濡れた髪を拭きながら、昨日就寝した部屋に戻るため、縁側の廊下を歩いていた。
名無し子にみせてもらった木々の萌黄色は、雨を弾いて大きな水溜まりを作っていた。
用事は昨日中に済んでいたため、早めに帰るが吉か、ここで雨宿りをしていくが吉かと、高菜は悠長に考えていたが、生憎、雨はやみそうにない。
取り敢えず朝餉を食べようと、部屋へ急ぎ足でむかった。
高菜が部屋へ戻ると、時を見計らったように小間使いが朝餉を運んできた。
昨日同様、ほっかりとしてつやのある白米に、高野豆腐とさやえんどうの煮物、すられた生姜をのせ、だし汁で味付けされた冷たい茄子、漬けられて日の経った甘酸っぱい梅干し、春野菜の浅漬け、花形に切られた麩の入った茶碗蒸しに玄米茶が運ばれてきた。
夕餉よりさっぱりとしたものが多かったが、やはり、朝餉にしては豪華であった。
高菜は食している間、ここを離れる時を考えていたが、食し終わると、先の小間使いにむかい、昼にはここをたつ旨を伝えた。
昨日同様、祭祀の支度で忙しい山村家に、これ以上お邪魔になるわけにはいかないと考えた結果であった。
小間使いが、一礼し障子を閉めて去っていったのを確認して、高菜は荷造りを始めた。
朝の仕事を終え、名無し子は人参、里芋、大根の葉が入った玄米の雑炊を食べていた。
昼までに片付ける予定であった仕事を、朝の内に片付けることができて、少し余裕があった。
先の小間使いが、他の女人に、昼までに客人がここを去ることを告げる。
名無し子たち、使用人は、天道が昇っているうちが、主に仕事をする時間として与えられているため、朝から昼にかけての時間は私事で抜けることができなかった。
話を聞いた名無し子は、食事を終え、皿洗いを終えると、台所に誰もいなくなった時を見計らって、握り飯を作り始めた。
手に塩水を浸し、炊きたての白米を手に取り、熱さに堪えながらも、しっかりと握る。
猟師が射った鹿の肉を甘辛い味噌に浸けたのを握り飯に混ぜ混んだり、しそや大葉を混ぜ混んだりして、腐らないよう工夫する。
おまけで簡単ではあったが、稲荷寿司もつくり、茗荷の酢漬けを横に添えて、葉にくるみ紐で縛ると、玄関へ向かった。
雨は小雨になっていた。






