八
「恋仲の女は、いないよ。でも、君はまだ若い。大人に対する憧れを、恋と勘違いしているだけだ。」
重一の姪子は、まだ物言いたげであったが、高菜がそれを無言で押し留めると、渋々といった様子で押し黙る。
「仮に、本当に好いていたとしても、余所者が、招かれた家の親族の、まして嫁入り前の娘に手を出したとなれば、一族も黙ってはおるまい。」
━━だから、分かってほしい。
そう言われ、姪のほうも納得した。
相手の立場を考えて行動しなかった己の身勝手さに羞恥心をおぼえ、先とは別の意味で赤くなる。
高菜は、相手が理解を示してくれたことにほっと息をつき、娘の頭を軽く撫でると、早々に彼女を部屋に戻した。
姪を部屋に戻した後、高菜は一度布団に潜り込んだものの、眠気が醒めてしまい、暫く考え事をしていたと思うと、障子を開けて夜風にあたりだした。
本当であれば、金色に照り映える月を肴に一杯いきたいところではあったが、使用人も寝ているであろうこの時間帯に、わざわざ起こしてまで呑みたいとも思わず、口淋しいまま考え事に耽る。
黒い雨雲が、金の月を隠し始めた。
高菜は、重一殿の祈祷が通じたのだなぁ、とふっと微笑み、障子を締めた。
翌日は、朝から大雨であった。
名無し子が、朝の仕事に割り当てられていた風呂掃除を終えたところで、すれ違い様に、例の客人が風呂へ入っていく。
挨拶をされたので、一礼して台所へむかおうとすると、呼び止められる。
「私の名は、高菜。」
今更だけど、と言って笑う。
「一番手間をかけさせた人には、名前を覚えておいてもらいたいし、きっともう、こうして落ち着いて話す機会はないと思うから。」
呼び止めてごめんね、と軽く謝ると、思い出したように、名無し子に尋ねた。
「君の名前は。」
名無し子が首をふると、高菜は暫く考えていたが、次会うときまで考えておくよと言って、湯殿へ入っていった。
名無し子は台所へ向かったが、朝餉の支度がまだ出来ていなかったため、昼片付ける予定であった、廊下の掃除を始めた。
農夫たちは喜ぶだろうが、名無し子は、換気をしても蒸し暑いことと、空がどんよりとして暗くなる雨模様が好きではなかった。
濡れ雑巾を乾いた雑巾と取り替え、気候の不快感を払拭するように、湿り気を帯びた廊下を全力疾走し始めた。
雨は止まない。