五
頭首 重一をよぶ間、名無し子と客人の間には、ほとんど会話がなかったが、その沈黙は名無し子にとって、気まずさを感じさせるものではなかった。
時折話しかけられる、その男の声が耳に心地よい。
しかし、名無し子は、男のその眼を見ると、言葉で表せないような、畏れにも似た感情を抱くのだった。
「君は、口がきけないのか。」
発することのできない己の声を恨みながら、名無し子は頷いた。
大方、予想はついていたのであろう、名無し子の返事を聞いて、客人は、悲しそうな眼をした。
「実を言うと、私は重一殿の友人でね。君のことは、彼から手紙で伝えられていたんだ。だから、君とは一度、話をしてみたかったんだけれど…。少し残念だったかな。」
でも、と男は、続ける。
「君は、よく働いている。道徳心も備わっているようだ。それがわかったことは、それだけで、会った価値があったと言えるだろうね。」
同情するでもなく、貶すわけでもなく、ただ坦々と告げられた言葉は、名無し子にすんなりと入ってきた。
しかし、名無し子にここまで興味をもつ者がいなかったことで、どうしてここまで声を掛けてくれるのかという、純粋な疑問と、若干の不安が名無し子の中で交錯する。
感情が面に出にくい性格故に、その疑問を客人にぶつけることはできないが、偽りであっても、他人から気にかけてもらうことは、懐かしいような、喜びに似たものを連想させる。
名無し子はまだ、その感情の名前を知らなかった。