四
頭首のお客様を縁側からあげる訳にもゆかず、名無し子は玄関へ立ち回ろうとしたが、玄関から入れないことを考え、やむを得ず、そこから家に入ってもらうこととなった。
客人が笠を取ると、美しい黒の御髪が落ちる。
その下には、良家育ちの姫のような、端整な顔があった。
その美しさに、先の談笑していた女人共は、思わず溜め息をつく。
名無し子も、じっと、客人の所作を見ていたが、客人の支度が終わるのを見届けると、玄関から案内できないことへの詫びとして三つ指をつき、長い廊下を歩き出した。
名無し子が、祭祀の準備や儀式の支度で、慌ただしいところを避けるようにして案内をしていると、だいぶ遠回りをしてきてしまったことに気付いた。
ほとんど人通りのない、お気に入りのその場所まで、歩いてしまっていた。
慌てて、来た道を戻ろうとすると、客人に止められる。
「美しい…。もう少し、見せていてはくれないか。」
名無し子にとっては、思ってもいないことだった。
己のお気に入りであるその場所を、他人に認められることは、とても、嬉しいことであった。
客人は、しばらく眺めていたが、やがて礼を述べ、再び歩き出した。
萌黄の葉が、風に揺れていた。
最も奥の部屋である、重一の部屋に着いた。
障子を叩いてみたが、反応はない。
少し開け、中を覗くが、主は不在であった。
名無し子は、鈴を鳴らして人を呼び、頭首に伝えてもらうよう頼んだ。
普段であれば、顔をしかめられ、言うこと等聞いてもらえるはずもないのであるが、この時ばかりは客、況して美丈夫の手前、頬を赤く染めながら、快く頼みを承諾した。
名無し子が客人を別室へ案内しようとすると、涼しいからここに留まりたい、と告げられ、やむなく座布団を敷いてきた。
客人は礼を述べ、名無し子の向かいに腰を下ろす。
眉尻を下げながら、その男は、名無し子に笑いかけた。
生暖かな風が、二人の間を通り抜けた。