三
ここ三日は、季節にそぐわないほど、暑い日であった。
最近まで降り続いた雨が嘘のように、雲ひとつない空に、お天道が顔を見せ続けている。
陽炎の揺らめく一本道を、上質な着物を羽織り、笠を被った背の高い者が、しっかりとした足取りで歩いている。
時折笠を押し上げて、前を見やると、またしっかりとした足取りで歩き出した。
山村邸は、例の如く、朝から忙しかった。
突然の気候の変動は、農民の心を大きく不安にさせた。
儀式の支度の合間ではあったが、頭首 重一はやむを得ず、妻に末娘の巫女支度を任せ、雨乞いの祈願をしなければならなかった。
名無し子は長い廊下の掃除を終え、井戸まで洗濯をしに、縁側を歩いていた。
ふと、外を見ると、萌黄色の新緑が重なりあい、地面に薄い陰を落としていた。
子は、しばらくぼんやりそれを見つめていたが、はっとして、再び歩き出した。
井戸には、三人ほどの女人が、手持ちぶさたに世間話をしていた。
名無し子を横目で見ると、煩わしそうな目線を投げ掛けられ、素知らぬ顔で、また話をし出した。
名無し子は、大量の洗い物を一人で洗い出した。
白いものは白く、赤いものは赤く、黒いものは黒くなるよう、丁寧に洗っていく。
冬の、凍るように冷たい水も、夏の暑い日には、思いがけない快感を与えてくれる。
前の萌黄を思い、ひとり、物思いにふける。
農作物をつくる人々にとって、想定外の日照りは、全く嬉しくはないであろうが、季節を感じることのできる、自然の風景は、時に、人に害を与える状況下においても、美しくあり続ける。
それを見ることは、名無し子の、数少ない楽しみのひとつであった。
突然、前の女人の一人が、声を掛けてきた。
「お客様だ。お連れしな。」
顔を上げると、笠に隠れた、強かな力を秘めている目と、目があった。
急いで立ち上がり、濡れた手を、前掛けで拭く。
名無し子が荷物を持とうとすると、客人の笠が、横に振られる。
客人の雰囲気が、一瞬、ふっと柔らかくなる。
「重一殿の部屋まで、案内をお願いしたい。」
低い男の声がした。