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第〇二話 再起動

 同日同時刻、内閣府庁舎内『非求職型若年無業者自立支援担当室』。


 狭い室内の中に、ひしめき合うようにデスク型ブースター端末が並んでいる。しかも空席は無く、男女合わせて十四名が作業中だ。全員端末に有線で接続しているものの、誤入力を防ぐため机に固定されたキーボードでなんらかの手入力を常に行っている。



 室内の最も奥、比較的広い場所に比較的大きなデスク型端末があり、『羽柴カズユキ室長』と書かれた郵便受けの後ろには比較的恰幅の良い男性が座っている。

 男性の前面には半透明の薄型ディスプレイがコの字型に配置されているが、男性はそれをデスクに収納させておもむろに立ち上がった。


「全員そのままで聞いてくれ。

 これからプロジェクトの実行段階に移るわけだが、その前にプロジェクトの原点を振り返り確認しておこうと思う。

 『非求職型若年無業者自立支援プロジェクト』、ニート対策プロジェクト――通称ニー対P――だが、そもそもこのプロジェクトを始動した背景には、一千万人に膨れ上がったニートの問題がある。彼らは様々な事情を持っているため労働に参加しない。ゆえに社会の構成要員が常に不足するという自体を招いている。

 経済産業省のプロジェクトチームが算出した予測データによれば、今後十年で労働人口不足によって一部地方自治体が機能不全に陥るとのことだ。

 それは局所的な問題ではなく、すでに国家全体に蔓延する病気と言っても良い。ニート問題を放置すれば遠からず国家は破綻する。そこで、一千万人のニートを合法的に再教育するオンラインゲームを活用したプロジェクトを発動するに至ったわけだが、前段階としてデータ収集とテストケースが必要になる。

 我々のニー対は、そのデータ収集が主である。

 テストは以下のシナリオで進められる」


 一度言葉を切って周囲を見渡し、続けた。


「第一に、『民間企業』が開発しテストを開始したオンラインゲームでテスターが意識不明になるケースが多発する。そこで、国は早急に事態収拾すべく動くわけだが、テスターが全員ニートであることから、我々ニー対担当室が実働に当たることとなる。

 第二に、オンラインゲーム内は各種職業で必要となる知識を仮想的実体験で以って教育する内容となっている。そこでの教育データの成果を検討し、事態収拾後問題点を洗い出して再検討し、オンラインゲームによるニート再教育方法を模索する。

 第三に、採用されたオンラインゲーム活用法で以って、国家政策『若年無業者自立支援政策』を発動、参加者を一般から募る。

 シナリオは以上だ。犠牲になってもらう『民間企業』はペーパー企業であるが、ニート再教育方法を編み出した功績により事件の一切の責任を免除する」


 一息つき、全体を見渡す。近くに座る青年に声をかけ、


「梶、今回の我々の役割をまとめてくれ」


 羽柴はそのまま着席し、代わりに梶が返事とともに立ち上がる。


「私たちの役割は、一言で言えば架空の民間企業を監視し成果を吸収することにあります。

 実務的な点としては、監視役として出張るのはプロジェクトの全容が外部に漏れないよう隠蔽すること、これが最重要目的です。

 ですので、国が設置する『電脳オンラインゲームNにおける意識不明者続出案件の連絡室』、通称『エヌ事故連絡室』に参加するメンバーはすべて私たちニー対の関係者で占めることとなります」


 手元のメモをちらりと見やり、


「隠蔽の具体的な指針ですが、あくまで今回の一件が事故であること、事故によって得られたデータが国の方針に沿っていること、この二点を軸に情報操作を進めていきます。

 しかしながら『エヌ事故連絡室』には我々官僚以外に外部識者が入ります。こちらも先ほど述べたようにすべて関係者、協力的な識者で固めてありますが、当然ながら情報が漏れる可能性も存在します。その情報への対処も我々の業務の範疇となります」


「宣誓書だけでは人の口に戸は立てられない。鮮度と確度は落ちても正しい情報なら対処が必要ということだ。……ありがとう、座ってくれ」


 梶が着席する。全員の注目が再び羽柴に集まったところで羽柴は再び立ち上がり、


「今回のこの一件、失敗すれば国内産業の建て直し計画が事実上暗礁に乗り上げることとなる。諸君の働きに期待する。以上!」



     ●



 羽柴は窓際のブラインドを半分上げて、窓の外に広がる景色を眺めている。

 眼下に広がるのは皇居の緑だ。


「なぁ梶、さっきは立場上役割のことしか触れなかったが、お前たちにはテスターのことを第一に考えて行動して欲しいもんだよ」


 傍らに控える梶を見やる。はい、と応えた梶は続けて、


「副室長として実働を指揮する立場にありますから、心がけておきます。

 ……たしか、息子さんもテスターにされるということでしたね」


「ああ、ナオキの小学校時代の友達で俺も知ってる子がいてな。テスターとして応募させるように誘導してもらえることになってる。上手くやってるといいんだが……。

 俺が介在してることがバレたらナオキは確実にへそを曲げるからなぁ……」


「どうしてそこまでして息子さんをテスターに?」


「……今回のプロジェクトは子育てだよ。勤労の真の楽しさを教えることが出来なかった俺と妻の代わりとして、な。

 思うんだが、俺は子育てをしてこなかった。仕事一辺倒で子どもの状況にも無関心、気づいた時には子どもは過労でうつ病だ。誰に似たのか不幸なことだが、今回のNで育て直しが出来ると思えばこそ、このプロジェクトを立ち上げたのかも知れん」


「親が子のためにエゴイストになるのは自然なことだと思いますが……。国だろうが知り合いだろうが、使えるものは何でも使う。それくらいの意気込みでいいのではありませんか?」


「しがらみを捨てて考えられるその柔軟さが俺にもあればな……」



     ○



 同年六月二日金曜日午前十一時半。

 前日から降っている雨が、止むことも無く勢いづくことも無く今も降り続いている。ナオキは自室から滴り落ちるような雨を胡乱な眼差しで眺める。


「…………」


 ため息一つ。


 気分を切り替えてブースター端末に座りなおす。端末に有線で繋がずマウスとキーボードで操作する。

 開くのはメーラーだ。壁に埋め込まれた液晶にメールの内容が表示される。



     ▽



>>Title:【エヌオンライン】テスターお申し込み合否のお知らせ

>>Date(d/m/y):24/5/2045

>>Body:

【エヌオンライン】運営チームです。

今回はクローズドβテストにご応募いただきありがとうございます。



※このメールは【エヌオンライン】クローズドβテストにご応募いただいた方にご案内しております。お心当たりの無い方はこのメールを破棄してください。



==抽選結果======

羽柴ナオキさま

厳正なる抽選の結果、みごとに当選なさいました!

下記実施要綱をご覧の上、ご参加くださいませ。



==実施要綱======

実施日:2045年6月2日(金曜日)正午~4日24時(日曜日)

※日程は変更される場合がございます。予めご了承ください。

クライアント配布:当日正午開始



▽NO公式サイト

http://www.no.~~~~~



今後ともエヌオンラインをよろしくお願いいたします。

============

エヌオー株式会社 http://www.nocorp.~~~~~

Copyright(C) Since 2045 NO Corporation. All Rights Reserved.



     ○



 メールを見ながらナオキはぼやく。


「なんでクライアント配布が当日の開始時間からなんだよ……、普通前日には配ってるだろ……」


 マウスを指先で小刻みにつつく。プラスチックの軽快な打音が雨音に混じって部屋に響く。


 机の上に置かれた薬袋を勢いよく取って薬を出し、三錠を一気に手のひらに出して飲み干した。机の上に置かれたマグカップも引ったくり、勢いよく呷る。

 キーボードにマグカップから零れた水滴が飛び散った。


「ああもうっ、鬱陶しいな!」


 メールの窓を閉じたり開いたりを繰り返し、終いにはマウスを勢いよく滑らせて壁にぶつけた。

 ヤケを起こして窓の外を見やる。暗い眼下をライトを点灯し傘を差した自転車が通り過ぎてゆく。


「傘差して自転車乗んなよッたく」


 言った直後には画面に向き直り、公式サイトを開いて更新キーを連打し始めた。



     ●



 同日同時刻。内閣府総理大臣執務室。


 窓を背にした豪華なデスクに、初老の男性が着座している。デスクの名札には『内閣総理大臣 橋本真之』と書かれている。


 デスクを挟んで反対側には、一人の男性が直立不動の状態で橋本の発言を待っている。


「羽柴君、書類は目を通したが口頭で改めて報告を頼む」


「はい。本日正午開始予定のエヌですが、テスター予定総数百二名、実際に参加すると思われるのは七割の七十余名と考えられます。全員が半年以上無職であり、被保護者であることを確認済みです。

 エヌ計画は正午より第三段階に移行します。

 第三段階は当初の予定通り、テスターの電脳病院収容と連絡室の立ち上げを軸に行います。

 全都道府県の指定電脳病院にはすでに匿名によるリークで大量の電脳関係の意識不明者が出ることを通知しており、厚生労働省を通して内閣府から待機状態に入ることを指示、実際に即応出来る環境であることを確認済みです。

 また、連絡室についてですが、私羽柴が室長を務め、メンバーは関係各省からと協力的な有識者で構成します。

 有識者からは電脳通信大学総長新発田教授、週刊電脳コミュニティーから小島記者、電脳施術医科大学津軽博士などを初めとした事前に要旨を伝え参加の内諾を得ている方々を候補としています。

 次に、今回のシナリオですが、まずオンラインゲームエヌの接続者が意識不明になる被害が出ていると匿名で警察に通報が入るところから始まります。警察庁から総務省、総務省から内閣府へと報告があがった直後に対策連絡室を設置、エヌコーポレーションへの家宅捜索を行い、参加者名簿を押収、所轄を動員して名簿に記載されている人物に接触させます。

 実際に意識不明であることを確認した後、電脳病院に意識不明者を収容します。捜査権限はテスターが全員病院に収容された時点で 『高度な政治的判断を要する非常事態である』 との理由により内閣府が掌握、以降は対策連絡室の主導で事件を解決に導く。これが今回のシナリオです」


 ふむ、と橋本が頷き一つ。


「与党幹事長、各大臣と国家公安委員長にはすでに了解を得ている。

 政治的なバックアップは期待してくれ。国を挙げての大芝居だ、くれぐれも慎重にな」


「はい!」


 退室しようとした羽柴に、橋本が声をかける。


「今回の計画、ご子息も参加させるそうだね。……いいのか?」


「事情を知るものには、自らの子供を人身御供にしているように写るでしょうし、一般世論も上手くいけば味方に出来ますから」


「君自身の感情としてはどうなんだ?」


「……失敗したかも知れない子育てを、やり直す覚悟です」


「そうか……」


 

    ○



 同日正午。

 更新キーを連打するのにも飽きてベッドに寝転んでいたナオキがむくりと起き上がり、のそのそとブースター端末に座る。


 端末に有線接続して感覚器官を接続、電殻に身体機能を預けて端末内の仮想空間にダイヴする。

 空間内からインターネットに接続して【エヌオンライン】の公式サイトを開く。



>>>login

>>>id:******

>>>pass:*********


>>ログイン中……

>>ログイン成功


>>>download start

>>クライアントプログラム、ダウンロード開始(終了まで1分……)



 容量に比してダウンロードに要する時間が短い。


「回線が太いのか、テスターの数が少ないのかな?」


 呟く。直後に軽快な効果音が鳴って完了を合図、データを展開してすぐさまインストールを開始する。

 画面にポップが表示される。


『電脳セキュリティと競合しています。セキュリティソフトを停止して続行するか、インストールを中止してください』


 競合しているセキュリティソフトを一時的に停止させ、インストールを続行する。するとすぐさまポップが出てきた。


『ソフトウェア起動に電脳ハードウェア情報を使用します。電脳へのフルアクセスを許可してインストールを続行するか、インストールを中止してください』


 ナオキは疑問を得る。先ほどのセキュリティはよくあることだが、


「これってルート権限要求に近いんじゃないか?」


 コントロール権を渡せ、と言われている気がしてナオキは躊躇する。しかし脳の一部を使用するほどのゲームエンジンならそんな権限を欲しがるのかも知れない。


 フルアクセス許可を出し、インストールを続行する。インストーラが追加パッチを自動ダウンロードし適用していく。



 突然、視界が赤く染まった。



 エラーメッセージを表示する窓が乱立して止まらない。

 幾つかのエラーメッセージには、端末OS側から電殻へのアクセスが拒否されたことが書かれている。


 のっとられた、と思う間もインストーラの進行ゲージは増え続けてゆく。

 ふと展開データ詳細を見れば、


>>豊後電子 電子洗脳ソフトウェアver.2.11


『なんだよ洗脳ソフトって! 何する気だよッ!』


 インストールが完了したというメッセージが表示され、


【電殻を再起動します】


 カウントが開始される。

 ナオキは慌てて各種コマンドを入力して洗脳ソフトとやらの動作を停止しようとする。


【再起動まで20秒】


>>> shut down

>>アクセスが拒否されました


 ……強制終了が駄目ならセキュリティソフトの再起動は?


【再起動まで15秒】


>>>SafetySecurity.exe

>>セーフティーセキュリティー、起動に失敗しました


>>アクセスが拒否されました


 ……他に何か、……ルート権限を脳に返して電脳無効化は!


【再起動まで10秒】


>>>root \brain

>>ルート権限委譲に失敗しました

>>ルート権限がありません


>>アクセスが拒否されました


 感覚器官の処理を電脳経由ではなく脳による直処理に切り替えようとするも失敗した今、ナオキには打つ手が思いつかなかった。


【再起動まで5秒】


 ナオキはインターネット上に転がっていたとある資料画像を思い出す。電脳が暴走して脳を焼き、廃人になってしまった人たちの集合写真だ。


 自分も仲間入りするのではないか、何も考えられない植物人間になるのではないか。


 存在しなくなることへの恐怖感が、狭いナオキの感覚を埋め尽してゆく。すでに感覚器官へのアクセスが切れているにもかかわらず、指先から体の芯へと冷えてゆく錯覚がひたすら怖い。


「死ぬのか……?」


【再起動まで0秒】

【再起動します】


 視界が暗転してゆく。

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