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井上達也 短編集3(それでも彼はまだ書いてる)

チーズケーキ戦争

作者: 井上達也

「あ、痛」

 後方からフリスビーのような軌道を描いてクルクルと猛烈なスピードでまわりながらやってくる物体が私の右側頭部に直撃した。その瞬間、私は隕石でも直撃したのかというくらいの衝撃を頭に受け、気絶しそうになったのだがなんとか踏ん張り、意識を失わずにすんだ。意識の程度が徐々に回復するにつれて、冷静さも取り戻し、まわりをみる余裕も出てき始めたのだった。

 私は、何がぶつかったのかが気になり右側頭部の方を見てみることにした。すると、そこには無惨な姿になった丸い物体を発見した。

「これは、チーズケーキ……?」

 私の右側頭部の方には粉々になったチーズケーキが散乱していた。チーズケーキは、丸いホール型をしていたのだが私の石頭にぶつかったせいで粉々になっていた。私の石頭にぶつかったのが一生の不覚だったのかもしれない。私の頭でなかったのなら、このような悲惨な姿で誰かに食べられる前に廃棄物として処理されることはなかったと言いたい。とてもおいしいチーズケーキだったはずだ。私は、少々センチな気分になった。

 私は、さらに視線を上にあげた。そのチーズケーキを無惨な姿に葬った憎むべき相手がその先にいると思ったからだ。しかし、私の読みは外れた。その先に居たのは、発情期を迎えて悶々としながら歩いているオス猫だけだった。その猫は、目の前にいるメス猫に飛びついては、猫パンチをくらい、めげずにもう一度飛びつくも、またしてもメス猫のパンチをくらうという、現代の恋愛事情を痛烈に描いた昼ドラのような映像が目の前で展開されていたのだった。私は、その光景を見て、またしてもセンチな気分になってしまった。




「で、どう?」

 私は、サークルの友達に自ら書いた小説を見せた。

「どうって言われても……、なんというか……シュールすぎて俺には理解できない。そもそも、この話は、なんなのさ。恋愛?ファンタジー?」

 私は、友達からの質問攻めにあった。よくわからないと言いつつも、この質問攻め。相当話の内容が気になって仕方が無い様子だ、彼もまた、今宵、私の独創的なワールドの虜になったに違いない。

「よくぞ聞いてくれた。この話はな。実はSFなんだ」

 友達は、目を丸くしていた。驚いたらしい。そうだろう、そうだろう。

「SFという要素が僕の中では皆無なんだけど」

 友達はそういった。

「いやいや、実はね、いやあんまりネタバレとかそういうのは嫌いなんだけどさ、その頭にぶつかったっていうチーズケーキは実は宇宙人の宇宙船で、これから宇宙人との地球を舞台にした壮絶な戦争が始まるんだ」

 友達は、未だに目を丸くしていた。そうだろう、そうだろう。

「それでね……」

 友達は、ああ、わかったわかったと止めに入った。私は、不思議でならなかった。

「それで、タイトルは?」

「チーズケーキ戦争」

「却下」

「え?なんで」

「意味がわからない」

「いや、それが私の売りなんですけど」

「そういう問題じゃない」


 私は、このような不毛な会話を大学内の文芸サークルの部室で毎日のように語っていたのだった。私がこの大学に入学してから3年がたち、現在は3回生、そしてそろそろ就職活動を始めなければならない、9月である。

 私は高校生の頃、両親には「偉い官僚になる」と言い放ち、そのためには有名な大学に入らなければならないんだ! と豪語し、高校時代がから親の金を搾取しながら塾に通い、一浪の末、東京にある某有名私立大学に合格した。合格した瞬間、よく頑張ったと両親は褒めてくれその目には涙であろう水分が溢れていた。その光景に、私は少々、センチになっていた。

 私は、そんな両親を見てまたしても大言壮語を吐いてしまった。

「俺、官僚になって国を変える。国を、豊かにするよ!」

 そもそも、官僚と言えど、公務員であり、そんなぬくぬくの生活を追い求めている時点で、国を変えることは不可能であり、既得権益を守ることを日常業務にすることがせいぜいであることは、誰の目にも明らかだった。しかし、両親は、自分の子がここまで努力家であることに感動した様子であり、両親的には、トンビがタカを産んだような気分だったのかもしれない。いいえ、カエルの子はカエルですよ、お父さん、お母さん。

 こうして、私は長野の田舎から上京し、東京へとやってきた。東京という町は想像以上に人で溢れ、毎日がせわしなかった。東京で借りたボロいアパートは、私にとっては新鮮だった。大学生たるもの苦学生。分相応という言葉にふさわしいチョイスのアパートに私は自らを誉め称えた。

 しかし、私の人生は狂ってしまった。授業で知り合った友達に誘われ、文芸サークルに入ったのが運のツキだった。小説を毎日のように書いては批評し合うというサークル活動であり、完全な自己満足サークルであった。しかし、そんな自己満足な感じが私の深層心理を刺激し、私は小説に目覚めてしまったのである。

 3回生になるまでに、短編、長編、ジャンルを問わず、本という本を読み漁った。そして文豪青年の異名を欲しいままにし、その風貌は夏目漱石にもひけを取らないほどのヒゲを蓄え、キャンパス内では不潔であると敬遠されるようになった。しかし、私は敬遠されていることなど知る由もなく、これが私の生きる道なのだと、堂々とキャンパス内を徘徊していた。

 当初の目的であった「官僚になってぬくぬくした生活をおくる」という生涯設計は、私の中では完全に消滅していた。親から送られてくる公務員用の予備校に通うお金は、私のキャバクラや如何わしいピンクのお店に通う軍資金に消えていた。文豪たるもの金に糸目をつけてはならないのである。使う時は派手に使うのが文豪であると先輩から教えられたからだ。

 年に二回ほど実家に帰ったが、その度に両親には「頑張ってる」と言い、「そうか期待している」と返事を毎回のように頂いていた。



 ここまでの通りでわかるかもしれないが、私はクズになっていた。これが、大学の魔力なのだろうか。それとも、親元を離れた一人暮らしのせいだろうか。私は、後者を言い訳に使いたい。精力盛んな年頃の男子が、一人での自由を獲得することができるならば、それはそれは歯止めの利かない自由であることは、すなわちピンクに走ることを意味する。夜な夜な悶々とし、訳の分からぬフラストレーションが溜まりつづける。日中逆転した不規則な生活がはじまる。

 自らの収入が確立され、自立した一人暮らしでないかぎり、その生活は怠惰を極める。私の大学生活で学んだことはそれくらいだった。



 私は、四回生となりいよいよ、親にその嘘がバレる時がきた。その嘘は冬に規制したときにバレてしまった。親は、激高した。「出て行けと」大声で叫び、私は実家を追い出される形で東京へと帰っていった。空から降る雪が一段と強くなり、私の心もセンチになった。

 私は、大学を無事卒業してしまった。サークル活動に精を出していたわりには、将来のことを考えて大学は卒業しなければと、コツコツと勉強していたのだ。しかし、今となってはそんなことはどうでもいい状態ではあった。私の手元に残ったのは、くだらない小説の数々と、親からの仕送りを食いつぶした結果、借りまくった借金だけであたった。

「そうだ。もう死のう」

 私は、この世から去る決意をし、断崖絶壁のある場所へと向かった。断崖絶壁に到着すると身震いがした。死を覚悟した瞬間、これまでの人生が走馬灯のように頭を駆け巡った。生まれ、成長する自分の姿は誇らしいものがあった。このような体たらく私ではあるが、その点だけは人に誇りたい。私は、日々成長していたのだと。

 そして、崖を一歩、また一歩と私は踏み出していた。しかし、その時であった。

「死ぬな!」

 後ろから、声が聞こえたのだ。振り返ってみると、そこには大学のサークルのみんなが立っていた。

「死んだら、何も残らないだろう!」

「人生を無駄にするなよ!」

「辛くなったら、部室に来てくださいよ先輩!」

 同級生、後輩、問わず、みんなが私の後を追って、自殺を止めにきてくれたらしかった。思わず、私は、泣きそうになってしまったが、それをこらえた。

「み、みんな……」

「あんたが死んだら、貸した5万が帰ってこないだろう!」

「俺の3万も!」

「だから、死ぬなよ!まだ生きるんだ!」

 私は、意を決してその深い海へと飛び込んだのだった。



 私は、友達に書いた小説を見せた。

「で、これは、なに?よくわからないだけど。ジャンルは、なに?大学生の青春群像的なやつなのか?なんか、クズ大学生の一生を書いてるみたいだけど」

 友達は、とても気になっている様子だった。私は、とても嬉しかった。

「ふふふ、よくぞ聞いてくれましたな。これは……」




 

 



 お読みいただきありがとうございます。つまり、無限ループなお話です。合わせ鏡を見て思いつきました。それだけです。くだらないオチですいませんでした。以上。

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