余興
「新たに1名、入郷審査へエントリーされるのですが、構わないでしょうか?」
「ああ。問題ない。既にひとりエントリーを希望するものがいるからな。もちろんそのためのゲームは用意しているんだろう?」
境界人と交わす初めての会話だった。噂通り、抑揚のない機械じみた声だ。成瀬は、もちろんと返した。
「名前は?」
「桐崎です。偶然にもこの森に迷いこんだようで」
「ふっ」
境界人が初めて笑った。
「ありえないな。この森は完全に我々が監視している。誰かの推薦だろう」
そのことは腑に落ちない点だった。桐崎は誰の後ろ盾があるのか。さらに推薦権を持つ後ろ盾があるのなら当然、こちらの用意する〝余興〟を知っているはずだ。なぜわざわざぎりぎりにエントリーするなどという手間をとったのか。
「寝る。終わったらまた連絡してくれ」
桐崎達一行の目の前に現れたのは、洋館と呼ぶのに相応しい屋敷だった。屋敷の周りには先の尖った柵が張り巡らされている。正面の門からしか入れない仕組みになっていた。桐崎が屋敷の敷地に入ったときにちょうど庭師らしき人物とすれちがった。一応、清掃はしているようだ。門番が門を完全に閉め切ると、もはや逃げ道は失われた。
「皆様、本日は誠にご足労ありがとうございます。境へようこそ。わたしは今回のコンダクターを務めさせていただきます、成瀬と申します。よろしくお願いします。では早速、入郷審査を行いましょう」
屋敷の二階から成瀬が説明を始めた。
「入郷審査はこの屋敷の中で行われます。ただし、この屋敷に入ることが許されるのは8名のみです。今回は多数のご参加をいただきました。しかし、残念ながら急遽、入郷審査へエントリーされた方が2名おりまして、このままでは人数がやや多すぎるのです。ですので、遺憾ながらただいまより、入郷審査の〝余興〟を執り行うことに致しました」
「はぁ?なんだよそれ」
「聞いてないぞ!ってか遅れた2人が悪いだろ。なんで俺たちまで巻き込まれるんだ」
たちまち、抗議の声があがった。桐崎は心の中で恐縮する。
「その通りです!!急遽参加した2人が悪いのです。ですので、皆様にはこれからその2名を探し出してもらいたいのです」
「どういう意味だ……」
成瀬が大きく手を広げる。
「屋敷の手前にサークルがあるのが分かりますか。まずはそのサークル内に全員移動して下さい」
地面に数十メートルの半径で描かれた円。ここにいる10名がサークル内に入っても、窮屈になることはなかった。
「これから〝余興〟が終わるまで、このサークルから抜け出した方は即失格とさせていただきます。お気をつけください」
それを聞いて、皆が少し中央付近に寄った。それを見て、屋敷の反対側から先ほどすれちがった庭師の老人がトランプを手にして現れた。ひとりひとりにトランプを一枚ずつわたしていく。
「今手にしているカードが最も重要。種類としては1〜8の数字のカード、そして2枚のジョーカーがあります。現在、遅れて参加した2名だけがジョーカーを手にしています。分かりましたか。つまり、皆様には誰がそのジョーカーを持ったプレイヤーなのか、推理して欲しいのです」
「なんだ簡単じゃないか。お互いにカードを見せ合えばすぐに誰がジョーカーなのかわかる」
髭面の中年の男が言った。いちはやく抗議した男だ。
「それはできません。カードを互いに見せ合うのは禁止です。他にも禁止事項があります。肉体的接触により、他人をサークルの外へ出したプレイヤーも即失格となります。カードを奪うのも禁止です。そして最終的に2名がサークル外へ出るか、または45分の制限時間後にジョーカーを手にしているものが、失格者となります」
ゲームだ。何が始まるのかと思えば、儀式や洗脳でもなく、ゲームだった。言うまでもなく、今までの任務とは異なる、頭を使うものだ。これでは自慢の体力は意味をなさない。
「でもこれじゃあ、誰も何もせずに終わっちゃいますよ」
例の高校生だ。この意見に納得。
「条件は、最低でも一度、他のプレイヤーとカードを交換することです。この条件を満たし、かつジョーカーを持たないプレイヤーが入郷審査へと進むことができます」
「なるほどね。危険を犯さなければ郷どころか、屋敷にさえ入ることが許されないのか」
「10名のプレイヤーを判別するためにそれぞれにチェスなどのアルファベットを指定しました。例えば、あなた、桐崎様はknight、ナイトです。アルファベットはサークルの手前の看板で確認できます」
いつのまにか設置されていた看板に駆け寄ると、写真と名前、アルファベットが記載されていた。高校生はビショップ。あの髭面はキング。それ以外にはポーン、ルーク、クイーン、デビル、エンジェル、ダーク、ライトとある。
「このサークル内、皆様は2つのアクションを行えます。一つは押し出し。ジョーカーを持つプレイヤーは誰か一人を選択してカード番号をコールすることで押し出しを行えます。見事正解すれば、押し出し成功です。コールされた番号のプレイヤーはサークルの外へ出てください。押し出しに成功したプレイヤーはその時点で勝ち上がり決定となります。無論、ここで失敗すれば押し出しを行ったプレイヤーは失格です。そして押し出しをするプレイヤーは、便宜上、実際に押し出す相手を手で押していただきます。こうすれば押し出しが成立します。余興を行えば、いずれ分かると思うのですが、この押し出しをしたタイミングが結構、重要なのです。もう一つのアクションは、寄り切りです。これはジョーカーを持たないプレイヤーのみが行えます。同様に一人を指定し、番号を3つコールします。相手はその中に自分のカード番号が含まれていれば、イエス宣言、含まれていなければノーといってください。ただし、もし相手がジョーカー所有者であればどちらを宣言してもかまいません。寄り切りはひとり一度までです」
サークルの最前列、白いカーディガンを羽織った女性が手を挙げた。ライトだ。成瀬の口が止まった。
「もし、全員でサークルから出て、このゲームを終わらせたらどうなるんですか?」
「そうですね、ルール通り、全員失格です。皆でなんとか勝ち抜こう、そんなことは考えないようにしてください。この先、勝ち残っても、そんな甘い考えを持っていたら必ず死にます。郷は楽園である反面、地獄でもあるのです。郷ではまさにサバイバル。これはその〝余興〟だとご理解ください」
必ず死ぬ。郷はいったい何だ。危ないところになぜ人が集まる。そこに何があるんだ。葛城さんは何を知っている。なぜ自分を境へ送ったんだ。偵察してこい、それが任務だったが、とにかく郷というものの実態を早く掴まなければ、危険だ。根拠はないが手遅れになるような気がした。
「それでは十五分後、余興、クローズドサークルを開始します」
幕はあがった。