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脱郷





「メシアは……やはり失踪したのか?」

 重々しい口調の“天”が口を開いた。それに“序”が答える。

「ええ。境界人からの報告がありました。間違いないようです」

「そうか」

 “天”は深いため息を漏らしながら、ゆっくりと立ち上がった。

「器が小さかったということだ。代わりを探せばよい。さっそく救世主戦を開始してくれ」

「了解しました」

 “序”はそのまま引き上げると、扉を出たところで、待機していた“世”に救世主戦開催の旨を伝えた。“世”もまた驚いた表情を見せず、すぐさま各機関へ連絡を取った。いつもの流れだった。“天”の言葉を“序”が伝え、“世”が管理局を動かす。永きにわたり続いてきた慣習だ。郷の全てを我々、天界人が支配し、秩序を守る。郷の人間はわずかな人生をこの郷の秩序を守るために存在する。それは、もはや、この世界の宿命となっていた。何人たりとも秩序を破ることは許されない。秩序を破る者は、滅ぼされなければならない。

「一応、メシアには天使の推薦権があるんだが、それはどうする?」

 指示を終えた“世”が“序”に向き直って、尋ねた。天使。既に六名は決定している。

「そうだな、いくら脱郷者といってもメシアだからな。まあ、とりあえず、保留にしておこう。メシアは救い人だ。外界にでれば、その力はあまりに目立ち過ぎる。すぐに見つかるだろう。念のため、外に数名境界人を派遣しておいてくれ」

「分かった。それでは」

 “世”は手を振って、瞬時に姿を消した。それを見て、“序”もここを離れることにした。なんでも、ここはあまりにも居心地が悪い。どこからか見られてる気がして、落ち着かない。

「救世主か……そんなものは本当に存在するのか。郷にさえいないんだぞ。どこにいると言うんだ」

 軽く“天”への批判を込めて呟き、扉を後にした。



 この都市の摩天楼を見上げ、ようやくこの地に戻って来たんだと感じることができた。思わず大声を叫びたくなる。しかし今は懸命にその衝動を抑え、近くに連中が隠れていないか注意して進んだ。連中はここの人間と見分けがつかないので、しばらくはこうして隠れて行動しなければならない。なんとも不自由な生活。

「おい、こっちだ」

 同胞の塚原の声で我に返った。慎重になるあまり、全く道順を考えていなかった。

「何回目だよ。お前、それでも優勝者かよ」

「失敬な。っていうかあれは俺の勝ちじゃない。全部まぐれだよ。俺に言わせるな」

「ああ、悪い、俺のおかげだったな」

 なんか頭に来る。

「そうは言ってない」

 これを無視して塚原は進む。相変わらずの性格だ。だがその性格に少なくとも二千回は助けられた。

「向かいの通りに大きなビルがあるだろ。そこの四階に脱郷者が皆、集まる予定だ」

「いいね。なんかレジスタンスみたいでいいな」

「ったく、どこまでおき楽なんだ」

 信号が青に変わったところで再び歩き始めた。横断歩道を渉るというただその行為に生きてる喜びを感じた。叫びたい衝動が押し寄せる。

「叫ぶなよ。今、一番危険なポイントなんだからな」

 見破られていた。読心術か。

「そういえば、サキもいるのか」

「早良紗季のことか?あいつはなんかに集まるとかそんなキャラじゃないだろ」

 早良紗季。世の女性の中でサキほどまでに恐ろしい人間がいるとは思えない。サキがいなければ、千回は危険にさらされることはなかっただろう。いなくてよかった。

「冗談。いるよ。他に当てがないってさ」

 塚原を一度殴りいたぶってやろうと思ったが、塚原が珍しく陰鬱な表情を浮かべていたのですぐに自分のダークサイドは心の奥に引っ込んでしまった。

「俺がいうのも何だが、俺たち六人は最強だと思う。正直、あの馬鹿げた戦いで勝ったんだからな。だから俺は潰したい。あの天とか言うふざけたやつらを。協力して欲しいんだ、お前にも」

 道路のど真ん中で俺はどんよりとした雲を見上げ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁと声の限り叫び続けた。もはや止められなかった。郷。俺たちが何を失ったか。何を切り捨てたか。考え出すと、何かの歯止めが利かなくなっていた。

「メシアだろ、救世主だろ、救い人だろっ。ならまだ叫ぶな。押さえておけ。怒りはまだ押さえておくんだ」

 そもそも塚原のせいだぞっと毒ずく。

「早くビルの中へ入るぞ」

 塚原は最後まで冷静だった。



 四階。和風レストランの奥、障子に囲まれた一室に一同が会していた。真っ先に目がいったのは、やはりサキだった。いた。仏頂面を浮かべておとなしく座っている。その隣、圧倒的な存在感を誇る高瀬は、よお、と明るい声で迎えた。高瀬も頼もしい男だ。そして、高瀬の隣、紅一点のフローネ。実名は不明。ちなみにサキは女にカウントしない。最後に、個性豊かな俺たちを束ねるリーダー、トーノ。最年長で、郷では塚原と最後まで頭脳で争った。皆、戻って来たのだ。

「それではみんなそろったことだし、さっそく始めようか。単刀直入に、これからどうしたい?無事に郷を抜け出したわけだが、何しも計画がない。私は皆にプランを考えて欲しい」

 トーノの一言で、場が一気に凍り付いた。仲良く再会を喜んでいる暇はないのだ。境界人は動きが早い。

「わたしは、もう郷はいいわ。境界人だってちょろいもんでしょ」

「何、あまいこといっている?連中は手強いぞ。大挙してくれば抵抗も難しい」

 早くも高瀬とサキの言い合いになる。トーノは黙って見つめる。

「これから静かに暮らすなんてこともしたくない。何も悪いことをしていないんだからな。だから俺はもう一度天使となって、郷を壊滅させる。絶対にだ」

「もちろん、わたしを巻き込まないんなら構わないわ。御勝手に」

「思ったとおりだ、らちがあかない。まずはメシアに、意見を伺おう」

 トーノの無茶ぶりに俺は素早く頭をフル回転させた。やばい、何も考えてなかった。

「えっと、俺は一応、メシアだ。みんな忘れてるかも知れないけど、俺には次の天使の推薦権がある」

「あ」

 俺を除く、全員の口が揃った。

「それで、俺達は俺の選ぶ天使と、どうにか郷でも連絡を取り合えるようにして、俺たちの指示で天使に郷で戦ってもらうってのはどう?」

 トーノが真っ先に笑った。続いてフローネ。高瀬。塚原。少し間をおいて、サキも苦笑いした。

「単純で分かりやすいプランだ。だが、戦場ではもっとも最良なプランだな」

 トーノが頷いた。

「決まりだ。これならサキも反論はないだろう。そうとなれば、誰を天使に選ぶかだな」

 

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