インタールード2
熱い熱い熱い。
飯田恵は湿った地下室にいた。
寝巻きは所々焼け焦げ、肌が露出している。
顔半分はマービン・クルードの指向性爆弾によってできた火傷のため、爛れていた。
恵は火傷を冷えたコンクリートにつける。
気持ちいい。
懺悔と恐怖に支配された恵の心がわずかに平常心を取り戻す。
そして、その平常心は狂気へと変容した。
痛い、熱い、お腹が減った。自分はなぜこんな目に合っているのか、自分がなにをしたのか。自分は悪くない。
ならば、自分以外のものが悪い。
憎い憎い憎い。
自分を取り巻く、全てが憎い。飯田の妄執は、突然の声で現実に引き戻される。
「……飯田、恵さんだよね」
恵の髪が揺れた。
その男は、恵の背後にいた。そんなはずはない。部屋には恵1人であり、誰もいなかったはずだ。入ってきたことに気付かなかった? 狭い室内、気付かないわけがない。なにより、扉は動かなかった。
だが、その男は、いた。
男は細身の身体を学ランに包み、右手には日本刀を持っている。
恵は男を見た。男は恵と目が合うとメガネを中指で押し上げて顔をしかめた。
「ああ、酷いな。黒金にやられたのかな?」
「……ひゅーっ!」
恵は大きく息を吸い込むと、針を伸ばした。
男はわずかに身を傾げるだけでそれをかわした。
「えっと、まずはなにから話そうかな。そうだね、まずは祝辞から、だね」
度重なる恵の攻撃を無視するように男は話を続ける。
「おめでとう、君は選ばれた」
「わあああああ!」
悲鳴に近い叫び声を上げ、恵は針を束にして男にぶつけた。針は壁を突き破り埃を舞い上げる。
視界が消える。荒い息、ようやく視界が戻る頃、恵は、背後から肩をつかまれた。
「えっと、どこまで話したかな。ああ、自己紹介がまだだったね。僕は神田惣一」
恵は男の手を振り払い、離れた。男、神田惣一は眉を寄せた。
「……少し残念だな。これでもそれなりに知名度はあるつもりなんだけど」
恵は大量の針を伸ばした。津波のように上から針は惣一を飲み込む。
ち…ん、と、その音は、遅れて聞こえた。
ばさりと針は地に落ち、神田には届かなかった。
恵は、惣一が刀を一閃しただけで、自分の針が全て切断されたことを知った。そして、自分がこの男には絶対に勝てないことを悟った。
惣一は恵の怯えた目を見て満足そうにうなずいた。
「ああ、これでやっと話ができるね。まずはおめでとう。君は選ばれた、特別な人間だ。僕は神田惣一。白金の中では、『愚者』で呼ばれているよ」