フォートフィフス
学園から出てしばらく国道沿いに歩く。
それから側道に入って峠道を20分ほど登ると生徒会専用の寮、第5学生寮、通称フォートフィフスがある。
俺と恵比寿、正志は重い鉄門を開けてフォートフィフスに入った。
左右に西洋風の庭園を眺めながら50メートルほど歩くと、やっと俺たちの生活している洋館に着くことが出来る。
「毎日思うが、これ、動く歩道つけようぜ。門から建物まで離れすぎだって」
「俺たちは一応学生だからな。動く歩道はさすがに贅沢だろう」
洋館のエントランスは吹き抜けのホールになっており、ここを左に行くと女子寮、右に行くと男子寮だ。
正面の一階は食堂、厨房、談話室、図書室などがあり、2階は大浴場やクリーニングルーム、大型スクリーンのある映像室などの共有スペースになっている。
この広大な施設を俺たち生徒会7人と住み込みの寮母、それに通いの職員5人だけで使っているんだから贅沢だ。七草学園の生徒会はここで生活できたり勝手に早退できたりと相当好き勝手できるためにステータスになっていたりする。
「やあ、おかえり。大変だったな」
2階に通じる階段から下りてきた、黒と赤を基調にしたシックなメイド服を着たこの女性はこの寮の寮母、大久保芳樹さんだ。180近い長身。腰まで届く長髪を後ろに払う姿などは男の俺が見ても格好いい。
この人はストゥレーガではない。穿った見方をするなら、俺たちを監視するため政府から派遣された公務員だ。ちなみに、この人の着ているメイド服は制服ではない。純然たる趣味だ。
「ただいま、芳樹さん。それで、どう? 飯田さんは見つかった?」
「いや、まだだ。どこかで身を潜めているようだな。洋子、悪いが力を貸してくれ」
「まったく。仕方ないわね」
「それで、巧。言い辛いんだが、その、また、ご実家から手紙が来ているぞ」
芳樹さんは申し訳なさそうに俺に手紙を差し出した。俺は苦笑してそれを受け取り、開封せずにその場で丸めてゴミ箱に捨てた。
「面倒かけるね。でも、言ったとおり俺に渡さないでそのまま捨てていいよ。それじゃあ俺は部屋で寝ているから。なにかあったら呼んで」
俺は不快感を抑えながらその場を去った。
秋葉巧はエントランスから男子寮に去っていった。
「なんだ、あいつ、まだ実家と揉めているのか?」
「原みたいに毎月実家に帰っているほうが珍しいわよ。私だってこの学園に編入してからだからもう5年は帰ってないもの」
「まあ、巧の場合は少々特殊だがな。それより、さっそく手伝ってくれ」
大久保芳樹と恵比寿洋子は原正志をその場に残し、一階のドレスルームに入った。
芳樹は鏡に向かい、自身の瞳を見た。きっかり3秒間、瞬きもせず見続け、網膜認証が済むと、鏡は左右に分かれ、地下に続く階段が出現した。
侵入者対策のため、曲折した狭い階段を下りる。その先には広大な半地下の部屋が存在した。
オペレーションルームだ。
部屋の中央にある巨大なトリビジョンには憶良市全域の地図が映し出されている。
「どうだ?動きはあったか?」
芳樹がモニターに向かうスーツ姿の女性に声をかける。芳樹の部下だ。
「いえ、動きはまったくありません」
「ふむ。マニゴルドと戦ったらしいな。身動きできなくなるほどの重傷を受けたってことではないといいんだが。よし。洋子、頼む」
洋子は面倒くさそうにディスプレイに触ると、集中した。
感覚が消失し、意識がオペレーションルームから飛び出す。
憶良市全域にある植物と洋子の意識は一体化する洋子は、風が流れるように、片っ端から飯田恵の探索を開始した。
「……だめ、見つからないわ。飯田さんは外にはいない。どこかの室内。それも植物のないところにいるわね」
洋子はゆっくりとディスプレイから手を離した。ディスプレイに触れてから3呼吸ほどの時間だった。
「そうか。ご苦労だったな」
「それで、どうするの?飯田さんがじっとしていたらいつまで経っても見つからないでしょ?」
「大丈夫だ。飯田恵が何かしらの理由で動けないのなら別だが、夜までには必ず動くよ」
「なんでわかるのよ」
「はは、洋子。ストゥレーガだろうと動物だ。動物は、腹が減るもんだ。だから、夜までにはきっと動きがある」
洋子はきつい目を細めた。
「あーあ。それなら夜に呼んでよ。学校早退しちゃったじゃない」
「なんだ?嬉しくないのか?私が学生の時はどうやって学校をサボろうかと心血を注いだものだが。学生の質も変わったなあ」
「これでも私たちは生徒会役員、優等生なのよ」
洋子はそれだけを言うと口を押さえてあくびをし、軽く手を振ってオペレレーションルームから出て行った。