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続けられる場所

 ……軽い記憶障害。


 ここは俺の部屋で俺はベッドで寝ている。

 日はすでに高く、窓からは昼の陽光が差し込んできていて、正午が近いことを教えてくれる。

 もう一度確認。ここは俺の部屋で俺はベッドで寝ている。


「……こいつ、なんでここにいるんだ?」

 ベッドの横にはイスに座った恵比寿が居眠りをしていた。人の部屋に勝手に入ってきてこいつはなにをやっているんだ?

 俺は身体を起こそうとした。

 だが、できなかった。身体中に激痛が走ったのだ。

 それで、俺は気を失う前に起こったことを思い出した。

「お~い、恵比寿。おきろ~」

 控え目に恵比寿に声をかける。

 恵比寿は、うるさそうに眉間に皺を寄せて、ゆっくりと瞳を開けた。

 意識が覚醒すると、恵比寿はいきなり俺に抱きついてくる。

「たくみ!」

「ば! いってえよ! 抱きつくな!」

 俺は突き飛ばすように恵比寿を引き剥がした。

「あ、ごめんなさい。身体はどう?」

「痛い。頭は、けっこうクリアだな。軽い鈍痛だけ」

「よかった。巧、1週間も目を覚まさなかったのよ」

「1週間! そんなに寝ていたのか」

「ええ、体もぼろぼろで、それ以上に脳にかかった負担がすごかったって。もう目を覚まさないかもって言われていたんだから」

 泣いているのか、恵比寿は目を擦っている。

 まあ、時詠みを使いまくったからなあ。俺、あの日だけで何回使ったんだ? その回数はそのまま俺が殺されていた回数でもあるわけだ。

「それで、新橋は?」

 恵比寿は急にきつい目を細めて俺を睨んできた。

「なんで美異が出てくるのよ」

「あいつ、最後に見たとき血塗れだったんだよ。普通に話せたから大丈夫だとは思うけど」

「ああ、そういうこと。大丈夫、傷は深かったけど後遺症は残らないらしいわ。馬場先輩も一時は危ない状況だったけど、もう完治している。昨日は学校にも行けたぐらいだから」

「そうか」

 俺はほっと息を吐いた。なんとか、俺の守りたいものは無事だったみたいだな。

「巧、なにか欲しいものはない? お腹が減っていたりとか……」

「ああ、そういえば。少し腹が減ったかな」

「まだ病み上がりなんだからしっかりしたものは駄目よ。まってて。芳樹さんになにか作ってもらってくるから」

 恵比寿は飛び出すように俺の部屋から出て行った。

 まったく、せわしない奴だ。 



 しばらくベッドの上で寝転んで過ごす。

 部屋を見渡すと机の上に、日本刀、真蛇が置いてあった。

 俺は痛む身体を動かし、真蛇を手に取った。

 鯉口を切り、刃に陽光を照らす。

 ……いい天気だった。

 俺は、そのまま自分の部屋を出た。





 フォートフィフスの損害は、中央の共有スペース、それと防衛システムが壊滅的なダメージを負っているものの、男子寮、女子寮は共にほぼ無傷だった。

 俺は修復途中のエントランスから外に出た。

 そこは、よく手入れされている庭園だった。

 芝生は入れ替えられ、大規模な戦闘の後は全てなくなっている。


 1週間も寝ていたため身体が弱っているのだろう、軽い疲労を覚えた俺は芝生の上に寝転んだ。

 夏が近い。

 日差しは暖かく包むようなものからちりちりと肌を焼くものに変わっている。

 草の匂い、土の香り。

 俺は思い切り伸びをして目を閉じた。



 うとうととまどろみの中に落ちていく。

 気持ちがいい。

 だが、そんな幸せを叩き壊すために微かな足音が近づいてくる。

 俺は固く目を閉じた。

 俺に近づいた人物は俺の隣に座った。

 すっと、影が差す。

 目を開けると、新橋の笑顔があった。

「目が覚めましたか? 心配したんですよ」

「ああ。よく寝たよ」

 新橋は俺の頭を持ち上げ、膝枕をしてくれた。

 新橋の細い指が俺の髪を撫でる。

「巧さん、なんで私を殺さなかったんですか? 私、あの時、死ぬつもりだったんですよ?」

「? なんで俺がおまえを殺さなくちゃならないんだ?」

「だって、私は『世界』ですよ。この寮を襲った連中と同じ白金の」

「?? 昔の話だろ?」

「それはそうですけど……」

 新橋は納得していないように口をへの字に曲げた。

 俺は、苦笑しながら手に持っている真蛇を新橋に渡した。

「? 『愚者』の持っていた日本刀ですか?」

「神田は俺に言ったよ。この日本刀の名前は真蛇。嫉妬だってな……」

 新橋はなぜか一度目を見開き、自愛に満ちた顔を俺に向けた。

「私にはその意味がわかります。私には、巧さんが『いる』から。それは、『いない』人には嫉妬の対象でしょうね」

「? さっぱりわからん」

「ええ、それでいいんですよ。差別なんてものは、所詮は多数派が少数者に嫉妬しているだけなんだから」

「?? やっぱりわからんなあ」

 俺は立ち上がった。新橋も立ち上がる。

「それで、巧さん。教えてください。私を殺さなかったわけ」

「なにか拘るね、新橋さん」

 新橋は俺の目をじっと見て、俺が答えるのを待っている。

 しかし、俺としてはそれは当然で、理由なんてあるわけもないのだが。

 ……仕方ないな。俺は少しだけ胸の内を話した。

「俺の守りたい『今』の中に、新橋美異はちゃんと『いる』んだよ」

 新橋は一呼吸分だけ俺の言葉を黙考する。

 満足したのか、新橋は微笑んで頷くと、一歩俺に近づいた。

「巧さん、昔から私のことが好きなんですよね」

「? まあ、好きか嫌いかで言うんなら好きだけど」

 新橋は、小悪魔チックな笑みを浮かべ、瞳を閉じた。

「?? みい子ちゃん? なにやってるの?」

 新橋は言葉では答えずに顎を突き出した。

 なにやっているんだ、この娘は?

 いや、その意味するところは健全な男子高校生である俺にはわかるけど、なんで? この飛躍はなんだ?

「はやく♪」

 新橋が俺を即す。

 ……女ってのは本当にわけのわからない行動を取る。

 俺は意を決し、新橋の顔に自分の顔を近づけた。

 軽い息遣い、睫毛の数えられる距離。


 俺は自分の頭を、新橋の額に、ぶつけた。


「痛っ」

 新橋はおでこを押さえて数歩後ずさる。

 涙目で俺を睨んできた。

「昼間からなにを公然猥褻しているんだ、おまえらは!」

 その声は寮の外門の側から聞こえた。

 渋谷先輩だ。部活帰りかラケットを持っている。

「巧、どうやら目が覚めたみたいだな」

「ええ、ご迷惑をおかけしました」

「しかし、こんなところで、しかも女とそういうことは遠慮しておけ」

 女とってあんた……。

 渋谷先輩はラケットで寮を指した。

 俺と新橋はその方向を見た。

 その方向にはテラスがあり、馬場先輩と岡地先輩がいた。

 岡地先輩は元気よく手を振り、馬場先輩は顔を赤らめて下を向いている。

 今の、見られていたのか?

「あ、巧! あんたなにやってんのよ。病人なんだから部屋で寝てなさいよ!」

 エントランスからは恵比寿が走ってくる。

 それを追いかける正志、さらにその後ろには芳樹さんが苦笑しながら歩いてくる。

「よ~しきー! 今日は天気がいいからお昼ご飯は庭で食べようよ!」

 岡地先輩がテラスから叫ぶ。

 渋谷先輩は俺たちの側にいながら自分の道を行く。

 岡地先輩は破天荒に、馬場先輩は静かに俺たちを見守っている。

 恵比寿は俺に駆け寄り、正志は恵比寿の後を追う。

 それらを眺めている芳樹さん。

 そして、俺の隣には新橋美異がいた。

 俺の守りたい『今』がここにあった。




――それがどれほど難しいことかわかっているのかい?




 俺は反射的に後ろを向いた。

 きょとんと、新橋が俺の様子を見ている。

 俺は、苦笑した。

 

 新橋から真蛇を受け取る。

 

 俺は真蛇を抜いた。


 刃が陽光に輝く。

 

 俺は、真蛇の持ち主だった友に言った。


「まあ見てろって、相棒!」


 俺は真蛇を一閃して影を斬り捨て、刀を鞘に戻した。





長々とお付き合いありがとうございます。これにてフィムブルヴェルトラプソティ『正義』編、終了でございます。


この作品は、第16回電撃大賞落選作でございます。かなりの高評価をいただきどうもありがとうございました。感無量でございます。


次回は『月』編の予告を掲載して今作は一時休載になります。ええ、まだ一文字も書けていないので。

最近は『ぞんびもの!』を書くのが楽しくなっちゃったんで、それの区切りがついてからになりますが、どうか気長にお待ちくださいませ。


ゾンビもの! も合わせてこれからもよろしくお願いします。

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