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許し

 整った顔立ち、艶のある黒髪、着ているワンピースは鮮血で緋色に染まっている。

 そして、まとっている空気は高貴で神聖(divine being)。

 あの海、あの時の、あの少女がここにいた。


 少女は、微笑みを俺に向けた。

「あの時の少女はおまえだったのか、新橋。いや、今は白金の『世界』と言ったほうがいいのかな」

 少女、新橋美異は笑みを凍らす。

「嫌なところを見られましたね。クールダウンが間に合いませんでした」

 新橋は茶化すように舌を出した。

「巧さん。『愚者』に聞いたのですか?」

「ああ。おまえがそんな大物だとは思わなかった」

 すぅっと、空気が揺れた。

 新橋が一歩俺に近づいたのだ。

 新橋の顔には、微笑は浮かんでいない。

 今の新橋は、触れることさえ叶わないと思ったあの時の少女そのものだ。

「いや、女は化けるね。おまえがあの少女だとは思わなかった」

「失望しましたか?」

「さあ、な。複雑ではあるけど」

 なにしろ本人にそれと気付かずに片思いの気持ちを語ってしまったのだ。

 俺は刀を前に突きたて、新橋に近づいた。

「ええ、そうですね。白状します。私は巧さんとあの海であったことがあります。そして、あの時から、私は白金の『世界』になりました」

「そうだったのか」

「隠していたこと、怒っていますか?」

「いや、別に」

 俺は軋む身体と割れそうな頭痛を噛み殺し、さらに一歩新橋に近づいた。

 視界がぶれる。

 ああ、そろそろ限界、だな。

「私を、許してくれますか?」

「許す?」

 新橋は物理的にも鋭利さを感じるほどの冷徹な目を俺に向けた。

 俺は苦笑してしまう。

 こいつは、どんなに飾っても新橋だ。

 俺は新橋に手の届く距離まで歩み寄った。

 わずかに刀を持ち上げる。新橋は俺を見上げた。

「許しが欲しいのか?」

 新橋を見下ろし、瞳を見つめる。

 新橋は、俺の質問には答えず、俺の瞳を見返してきた。

「この距離なら刀はとどきますよ。私を、『世界』を殺しますか?」

 月の蒼い光は新橋の整った顔立ちを鮮明に浮かび上がらせる。

 俺は、新橋の肩に手をかけた。

 そのまま寄りかかるように抱きつく。

 ふっと、身体が軽くなった。

 新橋が俺を支えられるように重力を軽くしたのだ。

「そうだなあ。どうしようかなあ」

「……巧さん?」


 新橋の左手が俺の背に回される。


 月光に照らされ、俺と新橋は抱き合った。

 無言で新橋を抱きしめる。

 新橋の温もりだけが俺に伝わった。


 俺は目を瞑った。

 俺は、魂を引き抜かれるようにそのまま意識を失った。

 どこか遠くで新橋の俺を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、無視した。


次回『正義』編最終回です。

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