昼休み
「ほら、さっさと脱げ」
生徒会室。俺は渋谷先輩に言われてネクタイを緩めた。
時刻はまだ昼休み中。校舎を出てから戻ってくるまで30分も経っていない。
「ちょっと!ここで脱がないでよ!」
「怪我の手当てが優先だ」
渋谷先輩にそう言われては恵比寿もそれ以上は強く言えない。
俺は上半身裸になった。俺の身体は痣だらけになっていた。毛細血管が切れて内出血しているのだ。
「痛々しいな」
「俺はもう慣れましたけどね」
渋谷先輩は俺の腕を撫でる。すると、撫でられた箇所の痣は消えていった。
渋谷先輩の能力は細胞の促進だ。『ネクローシス』なんて称号を持っている。切り傷などの軽い怪我なら一瞬で治してくれる便利な能力だ。ただ、これをやってもらうとものすごく腹が減る。渋谷先輩が言うには、この能力を使いすぎると栄養失調になるらしい。
渋谷先輩は俺の身体を弄る。先輩の手が俺の太ももに触れたところで俺は立ち上がった。
「もう大丈夫です」
「ん、そうか。残念だな」
なにが残念なのかは怖くて聞けない。と、その時扉が開いた。
「おまたせ~、買ってきたよ♪」
馬場先輩、岡地先輩に新橋が両手に持ったビニール袋をテーブルに置いた。
「なにがいいかわからなかったから適当に買ってきたわ。好きなのを食べて」
テーブルに弁当が並べられる。定番高倍率メニューの焼きそばパンやコロッケパン。シーフードカレーに釜飯弁当の速攻でなくなるレア弁当や、フィレステーキ弁当なんて俺がみたことのないものまである。
「……馬場先輩。購買は混んでいませんでしたか?」
「そういえば混んでいたわね」
「よく買えましたね。こんなに」
ふと見ると岡地先輩が八重歯を見せてにやりと笑っている。その後ろでは困り顔の新橋。
「実は……、購買で並んでいたら、その、貰ったんです」
「貰った?弁当を?」
頷く新橋。
「にっしっし。購買にはくーちゃんと行くにかぎるね♪」
ああ、そういうことか。うちのちびっ子生徒会長は滅茶苦茶人気が高い。隠れファンクラブがあるとかないとか。たまたま購買で見かけた有象無象がこれをきっかけにお近づきになろうと貢いだのだろう。
もっとも、本人はどこ吹く風、と、いうよりは本気で自分がもてることに気付いていないふしがある。無駄に終わるだろうな、ご愁傷様。
そして、そんな馬場先輩のおこぼれを当然のように受け取るのが岡地先輩だ。この人は可愛い顔してるのにやることなすことがトリッキーだからなあ。
俺たちはテーブルに弁当を広げて昼食を始めた。
俺の前には幕の内弁当に親子丼、それに数種類のパンが並んでいる。狙っていたフィレステーキ弁当は岡地先輩の前に置かれていた。ちなみにこの人はよく食う。目の前にあるのはフィレステーキ弁当だけではなく合計6種類の弁当だ。
「岡地先輩。フィレステーキ、一切れくれませんか?」
「え~、やだよう。私だってフィレステーキ弁当、久しぶりなんだから」
「そう言わず。俺、食べたことないんですよ」
岡地先輩は渋々とながらも弁当を俺のほうに差し出した。俺はこの時、岡地先輩の目の奥にある妖しい光を完璧に見逃していた。
「もー、一切れだけだよお」
「ごちです」
俺は岡地先輩のフィレステーキ弁当に箸を伸ばした。と、その時突然岡地先輩が叫んだ。
「あ!すっぽんぽんのくーちゃん!」
「なに!」
俺と正志は一斉に馬場先輩を見る。馬場先輩は頭の上にでっかい「?」を浮かべてシーフードカレーを食べていた。もちろん服は着ている。
俺は、ゆっくりと岡地先輩に視線を戻した。
空を切る箸。フィレステーキ弁当は箱ごと消えていた。
「あの、岡地先輩。肉は?」
「もうないよ。食べちゃったからね♪」
「あんた、能力使って味わいもせず食べたのか!」
「ふっふ~ん、騙されるほうがわるいんだよーだ」
「うん。今のは秋葉先輩が悪い」
その攻撃は新橋からだ。横にいる新橋はジト目で俺を睨んでいる。
「この、ど変態が!」
と、これは恵比寿。なんだ? なぜか俺、窮地に立たされてる?
「いや、あれは男なら絶対見るって」
「俺は見なかったぞ」
渋谷先輩、それはあんたが特殊だからだ。
「おい、正志」
「な、なんだよ。俺に振るなよ」
「おまえだって見ただろ!」
「知らん!俺は知らん!」
「さて、それじゃあみんな、食べながら聞いて」
俺の窮地を救ってくれたのは空気を読まないクールな馬場先輩だった。シーフードカレーは半分以上残っている。この人は身体に合わせて低燃費だ。
俺たちは、いつも昼を一緒に取っているわけではない。
それぞれのクラスや部活の仲間と取るのが普通だ。
今回一緒に取っているのはもちろん親睦会ってわけではない。飯田恵の件だ。
「現在芳樹が市内に部下を配置して飯田さんを探しているわ。今日中には見つかるでしょう」
「もう市外に出ているかもしれませんよ」
「それはないわ。主要交通機関にはもう手配済みだから。電車なりバスなりを使ったなら報告が入るはずよ」
憶良市は田舎都市らしく車や電車などの足がないと隣町に行くのにも一苦労な場所だ。歩いて隣町まで行くには時間がかかるし、なにより目立つ。
「2年生の3人はこのまま寮に帰って待機していて。芳樹が飯田さんを発見次第動いてもらうわ」
「馬場先輩。まだ見つかってないなら授業に戻っていいですか?」
「なに優等生ぶってんのよ。午前中はサボっていたでしょ」
「俺たちのクラスの5限、御茶ノ水先生の世界史だろ?」
御茶ノ水先生は初老の、七草学園の名物教師だ。担当は世界史に地理。俺はこの人のファンだったりする。
「寮にいて。もう早退届は出しているし発見までにそれほど時間はかからないと思うわ。部屋で寝ていていいから」
「あの、馬場先輩。私が秋葉先輩の代わりに動きましょうか?」
新橋はみんなの前では俺を名前で呼ばない。馬場先輩は新橋に笑いかけた。
「いいえ、今回はあなたが動くほどのことではないでしょう」