クイックドロウ
<<美異サイド>>
窓から月光が差し込む。
作り物のような目とブロンドの髪を持つ女は艶やかな黒髪を持つ少女を見上げる。
少女、新橋美異は酷薄な笑みを浮かべながらゲルトルート・ガルボを見下ろした。
「お喋りは、もういいですか?」
「ええ、あなたが白金に戻ると言うならね」
ゲルトルートには余裕があった。
美異の超重力は確かに強大な力だがこの間合いなら、美異が力を発動するより早くゲルトルートの裁きにより美異を破壊できる。
それは美異にもわかっているはずだった。
「ええ、そうね。はっきり答えておきましょうか。私は白金には戻りません。なぜかわかりますか?」
「……なぜ?」
美異は心底可笑しそうにくすくすと笑い、答えた。
「だって、白金には巧さんがいないもの」
一瞬だけゲルトルートは呆気に取られた。そして、気持ちを切り替える。
「なら、あなたはここで死になさい!」
ゲルトルートは『裁き』を発動しようとした。
だが、美異の動きを見てそれは止まった。
美異が、人差し指を立てていたのだ。
指差す先は天井。ゲルトルートはその意味を理解した。
「しまった!」
微かに身体に重みを感じる。次の瞬間、エントランスの吹き抜けの天井は崩れた。瓦礫が上から降ってくる。
ゲルトルートは重い身体を動かした。
天井のなくなったエントランスは月光に包まれた。
見上げれば月と星が輝いている。
美異は2階の階上から瓦礫の山と化したエントランスに降り立つ。
痛みを握りつぶすように傷ついた右腕を押さえる。
美異は一度だけ大きく息を吐くと出口を見た。
外には巧がいるはずだ。休んでいる余裕はない。
外から爆発音が響く。美異は目を見張り、駆け出そうとした。
だが、それはできなかった。
うつ伏せに倒れる美異。美異のふくらはぎは、爆ぜていた。
「ふふ、おしかったわね。あと一歩で私も死んでいたわ」
美異の後ろには、無傷のゲルトルートが立っていた。美異は振り返れない。
「後ろから騙まし討ち、あなたらしい攻撃ですね」
「『世界』を殺すのに卑怯という言葉は存在しないわよ。光栄でしょう?」
ゲルトルートは絶対的な自信を持って美異に近づいた。足音が美異の背後に迫る。
「どうやって瓦礫をかわしたのですか?」
「階段の下に隠れたのよ。あなたが底を抜いた踊り場から逃げ込んでね」
美異は舌打ちをした。
ゲルトルートは満足そうに頷く。
「どうやって殺して欲しい? リクエストがあるなら聞いてあげるわよ」
「悪趣味ですね。殺しを楽しんでいる」
「当然でしょう? あの『世界』をおもちゃにできるんだもの」
ゲルトルートは足を止めた。
「さあ、振り返りなさい。その瞬間に殺してあげる」
美異は身体を起こした。
「ふふ、無駄でしょうけど、一応聞いてあげる。命乞いする?」
「歳ですね、おばさん。遊ばないで一撃で私を殺していればよかったのに」
ゲルトルートの笑みが凍った。
「挑発のつもり? 無駄よ。どうやっても私の優位は変わらないわ」
「正直あなたに付き合うのは飽きました。そろそろ終わりにしましょう。この後巧さんのところにも行かなければならないですしね。あなたは……」
美異は振り返った。左手を突き出す。
「邪魔です!」
「遅い!」
ぽっかりと、美異の伸ばした左手から穴が出現する。
ゲルトルートは美異を凝視した。
美異の左胸は爆ぜ、赤い花が散るように白いワンピースに染みを広げた。
ぐらりと、美異の身体が傾き、前のめりに倒れた。
直径1メートルほどに膨張した黒い穴に落ちて消える。
美異は、エントランスからその存在を消した。