月下
ここから視点を巧サイドと美異サイドに分けます。視点がころころ変わって読みにくいと思いますが、ご了承くださいませ。
<<美異サイド>>
薄暗いエントランスに、『正義』、ゲルトルート・ガルボの足音だけが響く。
光は月明かりのみ。窓から差し込む月光に照らされて、ゲルトルートは足を止めた。
「いるのでしょう、『世界』?出ていらっしゃい」
透き通るその声を、しかし、対象者は無視した。
「どうしたの?白金最強とまで謳われたあなたがまさか私が恐いとでもいうの?」
その声に反応するように微かな笑い声が暗闇から響いた。
ゲルトルートはその闇を見た。
わずかに白い影が揺らぎ、なにかが通り過ぎた。影は厨房に消えていく。
ゲルトルートはその影を追った。
厨房に入った瞬間、ゲルトルートは身をかがめた。先ほどまでゲルトルートの頭部があった場所を陶製の皿が過ぎ去り、甲高い音を立てて壁にぶつかった。
「野蛮な!そんなもので私が倒せるとでも!」
微かなきらめき、次いで飛んできたのは、包丁だった。ゲルトルートはそれもかわす。
「いい加減にしなさい、美異!それが白金最高幹部のすること!」
再び低い笑い声が厨房に篭る。
「ゲルトルート、あなた、腕はどこかに忘れてきたのですか?」
ゲルトルートはわずかに頬を引きつらせる。
「……ええ。今メーカー修理に出しているところよ。やっぱり安物は駄目ね。買い替え時かしら」
暗闇からは確かな笑い声が響いた。
「ゲルトルート、私、これでも怒っているのですよ。私のささやかな楽しみだった旅行をあなたは台無しにしたんだもの」
ゲルトルートは声の方向を見た。
そして、目を見張った。
そこから投げつけられたものは、巨大な業務用の冷蔵庫だった。
ゲルトルートは横っ飛びに跳ね、冷蔵庫は轟音を立てながら壁に激突した。
「なんて滅茶苦茶な!」
ふわり、白いスカートがひるがえり、影は厨房から出て行った。ゲルトルートは冷蔵庫に手を添えて立ち上がると、影を追った。
<<巧サイド>
薄暗い峠道をバイクで駆け上がる。明かりはまばらな街灯と月明かりのみ。
徒歩なら20分はかかる道のりはバイクなら5分とかからなかった。
フォートフィフスの様相は一変していた。砲撃を受けたのか外装は崩れかけている。まるで戦時下の建物だ。
バイクを降り敷地内に入ると、マニゴルドの騎士達の無数の死体が転がっていた。死体の様子から、どうやら馬場先輩たちではなく、白金の奴らにやられたようだった。
「おかえり、巧くん。待ってたよ」
俺は騎士たちの死体から視線を上げた。いつ現れたのか、神田惣一が立っていた。
「一応聞いておくけど、マニゴルドとつるんでいたのか?」
「おいおい、酷いな。これでもマニゴルドの襲撃から君たちを助けたつもりなんだけどな」
「襲撃タイミングが合いすぎてる。偶然だとでもいうつもりか?」
「僕たちがマニゴルドを利用したのは否定しないよ。どこの世界でも上のほうってのは繋がっているものだからね。マニゴルドも白金も、そして黒金も。襲撃の日時がわかっていながら君たちに黙っていた黒金の本部のほうが問題じゃないかい?」
「ああ、それは問題ない。元々俺たちは本部をそれほど信用していないからな」
神田は苦笑しながら日本刀、真蛇を抜いた。
月光に真蛇が煌めく。
と、それに合わせるように寮内から轟音が響いた。
「後ろでも始まったみたいだね」
「後ろ?」
「うん。うちの『正義』と君の『世界』がね」
「『世界』?」
神田は一瞬だけ笑みを消し、いきなり笑い出した。
「あっはは!ああ、隠していたんだ! とんだ猫かぶりだね、あの美異がね!」
「美異? そうか。新橋が来ているんだな。それじゃあさっさと始めるか」
馬場先輩が倒されるほどの相手だ。新橋でも危ないかもしれない。
こいつを早く倒して応援に行かなくちゃな。
俺は落ちているセラミックソードを蹴り上げ、手に取った。
「まったく、君たちは楽しませてくれる。ああ、確かにこんなに楽しいならこのおままごとみたいな学園生活も悪くないね」
神田はわずかに身をかがめた。
途端に空気が一変し、殺気が寮の敷地内を覆った。
俺は息を呑んだ。
「さて、それじゃあ開演と行こうか。白金の『愚者』、その実力を見せてあげるよ!」
月が冴える。
神田は、一気に跳躍した。
俺は軽く息を吸い、足に力を入れて前に跳んだ。