巧、憶良市到着
憶良市に入ったところで俺はバイクを止めた。
秋葉邸からここまで2時間かかっていない。
秋葉邸の外にはマニゴルドはいなかった。マービンを倒したために撤退したのだろう。余分なロスはしないですんだ。
フォートフィフスがマニゴルドに襲撃されているならここからは敵地と見るべきだ。
俺は携帯を取り出して正志に電話をかけた。
電話は通じ、数コールで正志は出た。
「正志、そっちは無事か?」
『ああ。今タクシーで憶良市に向かっている。おまえは?』
「憶良市に着いた。恵比寿と新橋は?」
『恵比寿は俺の隣にいる。新橋は、ひとりで先に行った』
「ひとり? 何で止めないんだ!」
『仕方ないだろ?止める間もなかったんだから、あ、恵比寿……』
『巧、聞こえる?』
急に通話口から恵比寿の声が聞こえる。たぶん、正志の携帯を恵比寿が奪ったのだろう。
「恵比寿!なんで新橋をひとりで行かせた!」
『あ、ごめんなさい……』
声を荒げた俺に臆したわけでもないだろうが、恵比寿は俺に謝ってくる。正直、拍子抜けだ。
「いや、悪い。新橋のことだから滅多なことはないだろうが……」
『なに、心配なの?』
恵比寿の声は一転して不機嫌なものに変わる。なんなんだ、いったい。
「当たり前だろ? それより状況はどうなってるんだ? 馬場先輩たちのことだからそう簡単にはやられないと思うが」
『それが、本部に確認したところ、ちょっと取り込んでて……』
「なんだよ、取り込んでるって」
『フォートフィフスはもう占拠されてるわ。でも、占拠しているのはマニゴルドじゃなくて、白金だって』
「白金? なんで白金がフォートフィフスを狙うんだよ」
『知らないわよ。それで、本部から命令があって、一度小中学生寮に集合しろって』
「本部のマヌケに地獄に落ちろって伝えとけ!」
俺は携帯を切った。そして、次は馬場先輩の携帯に電話をかけた。もしマニゴルドの襲撃が終わっているのなら電波障害はないはずだ。
『もしもし?』
「その声、岡地先輩ですか?」
『あ、巧くん。やほー♪』
岡地先輩の能天気な声にむかっと来るが、俺は忍耐をフル動員してなんとか耐えた。
「そっちの状況はどうなってます?」
『うん、実は人質になっちゃった。芳樹なんてメイド服で縛られてるんだよ!』
「なにか、卑猥ですね」
『このままだと、も、すんごいえっちなことされちゃうよ! だから、はやく助けにきて♪』
「余裕ありますね」
『実は、そうでもないんだ。ちょこっとだけまじめな話、くーちゃんがやばいんだ。巧くん、少しでいいから時間を稼いで。その間に私たちはくーちゃんを連れて逃げるから』
馬場先輩が、負けた?
『あっと、もしもし? 巧くん、久しぶり』
突然男の声が聞こえる。この声には聞き覚えがあった。
「『愚者』、神田惣一、か?」
『うん。君の友達には面白いのが多いね。犯人の前で堂々と逃げるって言うんだから』
「みんなは無事だろうな」
『今のところは、ね。聞いたとおり、『アーペレジーナ』は危険な状態だけど』
「おまえらの目的はなんだ?」
『もちろん君だよ。借りを返しにきたんだ』
「返済ならまってやらんこともないけどな」
『心配かけるね。でも大丈夫、この機会に利子つけて完済させてもらうよ』
「わかった。今からそっちに行く。みんなには手を出すなよ。さもないと……」
『さもないと?』
「往時の悪魔狩りを再現してやる」
『あはは、それはそれで面白そうだけど、うん。手は出さないでおくよ。その代わり、はやく来てよ』
「ああ。すぐに行く」
俺は電話を切った。
身体を確認する。節々は痛むし頭痛は止まない。
俺は、空を見上げてわずかに欠けた月を眺めた。
そして、バイクを走らせた。
「巧くんはもうすぐ来るって。ああ、楽しみだな」
ゲルトルートは満面の笑みを浮かべている惣一を眺めて苦笑した。
「秋葉巧とはそれほどのストゥレーガなの? 未だに称号も持たないのに」
「だからだよ。僕たちの知らないようなすごいストゥレーガがいる。それだけでわくわくするだろ? ん、なんだ?」
突然寮が揺れた。それに呼応して停電が起こる。
「留美くん。これは、なにがあったのかな?」
薄暗い作戦室の中で留美は八重歯を見せる。
「これは、自家発電機が破壊されたんだね。巧くんばっかりに気を取りすぎたんじゃないかな」
「ああ、来たのね、彼女が」
ゲルトルートは残った左腕で胸を支え、くすくすと笑った。
「ゲルトルート、それじゃあ彼女は任せるよ」
「ええ、せいぜい楽しませてもらうわ」
ゲルトルートと惣一は、人質であるはずの留美たちを残して作戦室を後にした。