アクション2
黒煙の上がる室内。壁はごっそりと消し飛び、薄暗かった部屋は昼の日差しにさらされていた。
「ふん、逃がしたか」
マービン・クルードは外を見た。静かな住宅街が広がっていた。
マービンの姿は凄惨だった。鎧には無数の穴が開き、左手は根元からもぎ取られている。だが、口元に浮かぶ不敵な笑みは消えていなかった。
「デュナミス」
「どうしました?」
室外から騎士に声をかけられ、マービンは部屋を出た。
「ストゥレーガの襲撃を受けています」
「白金、ですか?」
「いえ、どうやら黒金のようです」
「ああ、そういえば憶良市には黒金の拠点がありましたね」
マービンは残った右手で顎を撫で、少し考えた。
「今回は引くことにします。用意もありませんしね。新種のデータを取れただけでよしとしましょう」
「そう言わずにゆっくりしていけよ」
その声は、マービンの背後から聞こえた。
俺は女子寮に飛び込んだ。爆発音のあった2階に階段で走りこむ。そして、廊下に3人の騎士を見つけた。
飯田にやられたのか腕のない若い騎士、おそらくこいつが指揮官だろう。
俺は開け放たれた部屋を覗く。中は血臭に満ちており、ベッドの上には見覚えのある女子の死体が寝ている。確か隣のクラスの奴だ。
「まったく、ストゥレーガはまさにコックローチだね。次から次へと沸いてくる」
「なら放っておいてくれないか?正直おまえらのしつこさには辟易してるんだよ」
「それは出来ないよ。だって害虫は駆除しなくちゃ、ね」
俺は一歩前に出た。騎士のひとりが俺に立ち塞がる。
「それで、飯田はどうした?」
「飯田?」
「飯田恵。おまえたちの目的だろ?」
「ああ、あれね。掃除する塵の名前なんていちいち覚えてないよ」
「ああ、そうかよ」
騎士が斬り込んでくる。俺は剣を持つ騎士の手を取り、回した。騎士は空中で一回転してうつ伏せに倒れる。俺は倒れている騎士の背中に奪った剣を突き立てた。さすがはマニゴルドの特殊セラミック製の剣、いい切れ味だ。
指揮官らしい騎士は舌打ちした。今倒した騎士を犠牲にして俺の能力を見るつもりだったんだろ。
俺は騎士の背中から剣を抜いた。残りは2人。
「一応名乗っておこうか。礼儀だしね。私はマービン・クルード。マニゴルドのデュナミスだ」
「へえ、デュナミスか。高位だな」
マニゴルドには9つの階位があり、デュナミスはその第5位。実質的には前線で活動する最高位だ。こいつがいるからこの程度の規模で悪魔狩りに来たということか。
「それで、君の名前は?」
「塵に名前を聞くのか?」
心音を数える。規則的な音、俺は軽く息を吸った。
「言っただろ?これは礼儀だって」
息を吐く。俺は答えた。
「俺は、巧。秋葉巧だ!」
俺は能力を発動した。キ…ンと、耳鳴りがする。そして、俺以外の世界は凍った。規則正しい心音、俺の四肢に重みが加わり、周りの全てがスローモーションになる。
これが俺の能力、時伏せだ。
一足で迫り、前にいる騎士を袈裟斬りにする。2足目でマービンの腹に剣を突き立て、横に裂いた。
だが、剣の感触は目の粗い砂鉄に剣を通すようなもので、肉を切るものではなかった。
マービンの横を通り過ぎ、振り返り様に首の半分を切断する。やはり手応えが悪い。
ゆっくりと、マービンが振り返る。
「高速機動! いや、これは時間干渉、時使いか!」
「全身を機械化している。人造人間?」
人造人間は12番戦争時、個体差で圧倒的に劣る人類側が白金に対抗するために発明した人造兵器だ。筋肉、骨格から神経に至るまでを機械化して身体能力の向上を図ったらしい。
俺は足に力を入れた。マービンの顔を見る。不敵な、いやらしい笑みを浮かべていた。ゆっくりと右手を俺に向ける。
瞬間、俺の目に火花が散った。フラッシュバックが起こる。
俺は反射的に扉の開いている部屋に飛び込んだ。
遅れて起こる爆発。轟音が女子寮を包んだ。指向性爆弾だ。おそらく腕に仕込んでいたのだろう。
音が収まる頃、廊下には人の気配はなくなっていた。
「……逃げてくれたか」
俺はベッドに倒れこみ、ゆっくりと時間を元に戻した。隣には名も知らない女性徒の死体。
体中を内側から軋むような痛みが走り、心臓が、不整脈が起こったように飛び跳ねる。能力を停止する際、うまく適応できない心臓が身体中に急激に血液を送るために毛細血管を傷つけるのだ。
俺の能力の副作用だ。
さらに、今日はあれも使った。差し込むような頭痛と目頭の痛みも加わっている。
「秋葉!いないの?」
廊下から恵比寿の声が聞こえる。呼びかけに答えようとするが声が出ない。俺は一度大きく息を吸って、叫んだ。
「ここだ!」
俺の声に答えて恵比寿と正志が室内に入ってくる。
「いるんならさっさと……、ちょっと!大丈夫なの?」
「ああ、問題ない。いつものやつだ。ちょっと時間を遅くしただけだから」
俺はベッドから身体を起こした。
「それで、マニゴルドの奴らは?」
「逃げたみたいね。秋葉、飯田さんは? 間に合わなかった?」
「ああ、俺が着いたときにはもういなかった。見た感じだと殺されてはいないみたいだけど」
「はあ、どこかに身を隠したのね。探すのは面倒ね。ほら、立ちなさいよ」
恵比寿は俺に手を差し出す。目つきと口は悪いが根はいい奴なのだ。
俺は恵比寿の手を取り立ち上がった。よろける俺の身体を恵比寿は支えてくれる。俺は恵比寿に寄りかかった。
ふと見ると今まで無言だった正志が俺を見ていた。
「……なんだ?」
「あ、いや。巧、おまえ、今ベッドに寝ていたよな」
「? それがどうした?」
「いや女子のベッドに寝ていたんだろ?」
しばしの無言、恵比寿はいきなり俺を突き飛ばした。
「痛え!恵比寿、怪我人になにしやがる!」
「うるさい!死ね!早めに死ね!」
恵比寿は肩を怒らせて部屋を出て行った。正志は恵比寿の後に続く。俺はよろけながらも立ち上がり、部屋を出た。
そして、一度だけ室内を見て、扉を閉めた。