『正義』対『アーペレジーナ』
『正義』、ゲルトルート・ガルボはその作り物めいた銀色の瞳を久菜に向けた。
久菜は跳ねるように物陰に隠れた。
「あら、どうしたの? 『アーペレジーナ』とは思えない臆病さね」
「『正義』、あなたの魔眼のことは聞いているわ。見るだけで相手の身体を壊す『裁き』」
「聖眼といいなさい。内容は、まあ、概ね合っているわね。だけど、補足するなら壊すだけではないのよ。たとえば、瞳から身体の中に侵入してアドレナリンや脳内麻薬を分泌させる。敵には至死量を超えるだけ、そして味方に適量を施せば……」
ゲルトルートはサングラスの鏡面を見た。自身の瞳が移る。一度だけ、心臓が跳ねた。
「こういうことも出来るのよ」
ゲルトルートは跳躍した。
常人では出し得ないスピードで一気に回り込み、久菜を視野に入れる。
久菜はゲルトルートの視線から逃れるために飛んだ。
その足をゲルトルートは捕らえた。
久菜の内股が爆ぜる。
「っく!」
久菜は足を引きずりながらも再び物陰に隠れた。
ゲルトルートは、右手に微かな違和感を覚えた。
見てみると、わずかに赤い斑点が浮かんでいる。
ゲルトルートはその部位を噛み千切り、吐き出した。
床にべちゃりと肉片と皮の断片が落ちる。
「あなたの使うウィルス。射程範囲は10メートルというところね。私はその外からあなたを見ればいい。あなたに勝ち目はない。そこで提案なんだけど……」
ゲルトルートは自身の説を証明するように久菜から10メートル離れた外縁部をゆっくりと歩き出した。
久菜は破れたスカートを裂き、大腿部を縛って出血を止めた。
「どう?白金に来ない?」
「……私のことを知って言っているの?」
「ええ。生まれながらの黒金。その能力の高さから将来黒金を背負って立つことを期待されているエリート。フェイカーの最高傑作」
久菜は傷ついた大腿を見た。
血が止まらない。わずかながら動脈を傷つけたようだった。