『愚者』対『仮性メイド』
「なにがあったんだ、一体?」
芳樹は作戦室からその様子を見ていた。
マニゴルドの攻勢を留美たちはよく防いでいた。
その戦況は一変する。
門から堂々と3人の人物が入ってきたのだ。ひとりは痩せ型の男、ひとりはサングラスをかけた女。そして、最後のひとりは日本刀を持ったメガネをかけた少年だった。
3人は水溜りを飛び越すような軽い足取りでマニゴルドの騎士たちを駆逐し始めた。
痩せ型の男は自身の右手を長大な鉄に変えて、女はただ見るだけで騎士たちを殺していった。
メガネをかけた男はタクトを振るう指揮者のように日本刀を振るう。
騎士たちは、まるで空間自体がずれるように鎧ごと身体を分断させられた。
庭園内にいた騎士たちが全滅すると痩せ型の男はテラスに、女はエントランスに向かう。
芳樹は3人を攻撃目標にしようかためらった。
3人がストゥレーガだということはその異様さからもわかる。
だが、彼らは、黒金の援軍なのか? それにしては来るのが早すぎる。
「へえ、ここが悪名高いフォートフィフスの作戦室か。はは、すごいな。金がかかってる」
芳樹は急に聞こえたその背後の声に、振り返りざまに拳銃を乱射した。
だが、そこに人の姿はなかった。
「酷いな。別にお茶を出せとは言わないけどさすがにそれはないんじゃない?」
芳樹は左を向いた。
そこには、メガネをかけた男がいた。
「どうやって入ってきたかは知らないが、不法侵入だぞ」
男はたまらずに噴き出した。
「ああ、ごめん。この状況でそれを言うんだ。黒金にはユニークな人が多いね。君といい巧くんといい」
「巧? ああ、そうか。おまえがこの間うちの巧にちょっかいを出した『愚者』だな」
「ご名答。ちょっかいを出したって言い方には少し引っかかるけどね」
『愚者』、神田惣一は側にあったイスを引き寄せると腰掛けた。
芳樹は拳銃で惣一を狙い定めている。
「それで、なんのようだ?」
「実は巧くんに借りがあってね。でも、急に伺ったら迷惑かもしれないだろ? だから君たちを人質に取って巧くんから僕のところに来てもらおうと思ってね」
「直接巧の前に現れても逃げられてしまう。だが私たちを人質にすれば巧は逃げないというわけか。だが、それは見当違いだぞ。巧はそんな危険を犯さない」
「もし本気でそう思っているなら君より僕のほうが巧くんを理解しているってことになるね。彼が君たちを見捨てるはずないじゃないか」
惣一は微笑み、逆に芳樹は口角を下げた。
「飯田恵さん。彼女ね、多分放っておいても死んでいたよ、残念なことに。だけど巧くんはとどめを刺した。放っておけなかった、見捨てられなかったんだよ。結果は変わらなくても、自らの手が汚れることになってもね」
「……巧のことをよくわかってるじゃないか」
「うん、彼とは友達だからね」
芳樹は拳銃を握る指に力を入れた。
「悪いが倒させてもらうぞ。これでもここの寮母でね。巧たちの安全を守る義務があるんだ」
「辛いところだね、お互い。勝てないのを承知でそういうのは立派だけど、僕もはいそうですか、というわけにはいかないから」
芳樹は引き金を引いた。
惣一の姿が消え、銃弾は空を切った。
瞬間、芳樹は背後からの斬撃をかわし、ソバットを後ろに放つ。
「おっと!」
背後に現れた惣一はそれを間一髪でかわした。
「瞬間移動か! その程度では私は倒せないぞ!」
「みたいだね、いや、驚いた!」
芳樹は惣一の斬撃をかわし、眉間に銃口を突きつけた。芳樹の首筋には冷たい真蛇の刃が当てられている。
「すごいな。どうだい、白金に来る気はないかい?」
「私はただの人だぞ。ストゥレーガではない」
「ああ、そのことは気にすることはないんじゃないかな。最盛期の悪魔狩りではアルビノやオッドアイ、果ては超過記憶保持者やサヴァン症の子供までストゥレーガとして殺されたそうだから」
「悪いが断るよ。今の仕事が気に入っているんでね」
「巧くんたちを監視するのが?」
「いや、メイドの仕事」
「っは!ああ、ごめん、そうだったんだ」
必死で笑いを堪える惣一。芳樹の首から刃が離れた。
芳樹は引き金を引いた。だが、弾丸は発射されなかった。
「な!」
拳銃は音を立てて割れる。
ゴトと、重い音を立てて拳銃が地面に落ちたとき、芳樹の手元には銃巴だけがあった。
綺麗な切断面。斬られてなどいないのに。
「うん、気に入った。君を殺すのはやめるよ」
惣一は一歩前に出る。
芳樹の反応は遅れた。
惣一は柄で芳樹の鳩尾を打った。
芳樹は、苦悶の表情を浮かべながら気を失った。