アクション1
平日の昼というのはなぜか開放感がある。
俺たちは第2女子寮に向かうため住宅街を歩いていた。
「いい天気ね。学校サボって不謹慎だけど、気持ちいいわ」
「だな。たまにはこういうのもいいな」
俺は恵比寿と正志の会話を黙って聞いていた。
人通りもなく、静かだ。
もともと憶良市は東京といっても相当田舎だ。山は近いし人も少ない。
「ねえ、秋葉。なにさっきから黙っているのよ」
「ん?ああ、昼はどうしようかと思って。俺は大抵学食だからな。一度学校出たのに戻って食うのも嫌だしなあ」
「そうねえ。私も今日は購買のつもりだったからなにも用意してないわ」
「じゃあ、飯田も誘ってなにか食うか」
「それならコンビニでなにか買っていってあげましょう。病欠で休んでいるなら外には連れ出せないでしょうから」
ちょうど通りにコンビニがある。俺は、だが、異変に気付き、店内に入ろうとする正志の肩を押さえて止めた。
「なんだよ、巧。ん? 桃花ちゃんか?」
正志はコンビニのガラスに張られたポスターのモデルを指差すが俺は無視した。
「恵比寿、気付いているか?」
「ええ、店内に人がいないわね」
コンビニ内には誰もいなかった。店員の姿すらない。
「?それがおかしいことか?」
俺は正志の質問には答えず、周りを見渡した。静かだった。いや、静か過ぎる。
「結界が張られているな。どうやら出遅れたらしい」
ストゥレーガの中には空間そのものを隔離できる能力者もいるが、この結界は物理的に人を排除して出来ている。おそらく、マニゴルドの奴らだな。
俺は無言で歩き出した。恵比寿と正志は黙って後に続く。
女子寮に近い、最初の曲がり角で道端に立っている警官を見かけた。
警官は俺たちを見つけると、手で制して俺たちを止めた。
「すいません。ここは通行止めです」
「なにかあったんですか?」
「ええ、この先でガス漏れがありまして」
「俺たち、この先に用があるんですけど、通れませんか?」
警官は怪訝な顔を一瞬見せて、笑顔で俺たちに言った。
「ちょっと待って下さいね」
笑顔のまま警官は懐に手を入れると、素早く拳銃を抜いた。だが、拳銃は警官の手にはなく、俺の手に握られている。
俺は奪い取った拳銃を警官の眉間に当てると、引き金を引いた。
乾いた音が静かな住宅街に響く。俺は拳銃を捨てると、倒れている警官が首に掛けていたものを取り上げた。
金縁に赤い十字架、マニゴルドの証であるブラッディクロスだ。
銃声に呼応するように、中世ヨーロッパ風の鎧を着た騎士たちがぞろぞろと俺たちの前に姿を現した。
人類とストゥレーガとの戦争が停戦に向かったとき、ストゥレーガが交戦派の白金と停戦派の黒金に分かれたことは話した。
実は、人類側でもその対立はあったわけで、停戦が成立した時に人類側の交戦派が作った結社がマニゴルドだ。
こいつらは神の名の下に、人類の敵、ストゥレーガの抹殺を任務とし、未だに悪魔狩りを続けている。支持団体は各宗教団体から企業など、さまざまだ。各国政府もこいつらを黙認しており、場合によっては援助している。今回、俺たち黒金の情報網より先に兵を派遣してきたのも、情報の横流しがあったのだろう。
俺は携帯を取り出す。馬場先輩にかけてみるが通じない。電波妨害がされているのだ。
「仕方ない。正志、恵比寿。俺たち3人でやるぞ」
「はあ、面倒くさいわね。ごめん、ちょっと借りるね」
恵比寿は塀から伸びている庭木の枝を一本折ると、それを一振りした。枝は棒状の鞭に姿を変える。
「ったく、こんなことなら昼飯食ってからにすればよかったな」
正志は黒い皮製の手袋をはめる。
「それじゃあさっさと済ませて飯にしよう」
俺は気負うでもなく騎士に近づいた。
右後ろには恵比寿、左後ろには正志。
敵の数は30程度。舐めてるね、本気でストゥレーガと対峙するなら桁がひとつ少ない。
騎士のひとりが斬り込んできた。俺はその斬撃をかわし、右にいなした。騎士はバランスを崩しながら恵比寿の前に出る。
恵比寿は、しかし、なにをするでもなく騎士の横を通り過ぎた。
一瞬だけ動きを止め、唖然とした騎士は恵比寿の背中に斬りかかろうとした。
だが、振り上げられた剣を持つ右手は、振り下ろされることはなかった。
庭木から伸びた枝が騎士の腕に絡みついている。騎士は、その枝に振り回されるように塀に叩きつけられた。
恵比寿の能力は植物の操作だ。
「プラントパペティア」なんて偉そうな称号を持っている。
「おいおい、あまりものを壊すなよ」
「そんなこと、この時代遅れのコスプレたちに言ってよ」
次に斬り込んできた騎士は正志の前に出す。
正志は騎士の胸甲を撫でた。それだけで騎士は悶え苦しみ、転げまわって、そして動かなくなった。
鎧の隙間からは湯気が上がっていた。
正志は熱を操ることが出来る。ファイアスターターのように発火作用はないが、熱弾と呼ばれるものを体内に打ち込み、内側から煮殺すのだ。
「えぐいね、相変わらず」
「巧、おまえもサボってないで戦えよ」
「俺の能力を知ってんだろ?こんな奴ら相手に使いたくないんだよ」
幸い俺は子供の頃から実家に武道を習わされてきた。こいつら雑魚相手にはそれで十分だ。
ふたりの仲間をやられて、マニゴルドの騎士たちは警戒して遠巻きに俺たちを包囲している。時折数人が一斉に斬り込んでくるが、俺たちは問題なく処理する。
死傷者が10人を超える頃には正面から攻める愚を悟ったのか、攻めてこなくなった。
と、その時前方から爆発音が響いた。煙が上がっている。あの場所は、第2女子寮だ。
「正志、恵比寿、俺は先に行く。ここは頼む」
俺は走り出した。妨害しようとする騎士のひとりを蹴り飛ばし、俺は女子寮に向かった。