マービン・クルード再び
俺たちが離れに戻ると玄関に人がいた。すみれだ。
「どうしたんだ、すみれ」
「あ、巧さま」
すみれは俺に駆け寄ってきた。ぶつかる寸前、10センチの距離ですみれはぴたりと止まった。すみれは俺を見上げる。
「巧さま。このままここを立ち去ってください」
「なんだよ、藪から棒に」
「その、この屋敷は囲まれています」
その言葉で俺たちにスイッチが入る。こういう事態には、慣れているのだ。
「……マニゴルドか?」
「家人には屋敷内から出るなと、お館さまから厳命がありました」
「ちょっと、それって家絡みで私たちをはめたってこと?」
「いや、おまえたちは勝手に来ただけ」
「そんなことを言ってる場合じゃないでしょ!」
まあ、そうなんだけど。携帯で連絡を取っていた正志が舌打ちをした。
「駄目だ。繋がらない。フォートフィフスのほうも襲撃されてるかもしれないな」
「……すみれさん。あなたはなんで私たちにこのことを教えてくれたの?」
すみれは恵比寿のきつい目を真正面から受け止めて、言った。
「私は巧さまをお慕いしていますから」
「俺もすみれのことが好きだよ。可愛い妹だからな」
俺に振り返ったすみれはなぜか複雑な顔をした。ため息を吐く恵比寿。新橋は親しげにすみれの肩を叩く。
「すみれさん。私たち、きっと仲良くなれますよ」
?女ってのはよくわからない思考をする。
「とにかくここを抜け出そう。恵比寿、新橋、正志。おまえらは裏から屋敷を抜けろ。竹林を突っ切れば塀に突き当たるはずだ」
「待ち伏せされてるんじゃないか?」
「ああ、当然そうだろう。だが、あそこなら恵比寿がいればなんとかなるよ」
「巧はどうするのよ」
「俺はここに残るよ。ここまで来て逃げるわけにも行かないからな」
「秋葉先輩、私も残りましょうか?」
「いや、新橋は正志たちと行ってくれ。馬場先輩たちが心配だ」
「わかりました」
俺とすみれは竹林に入る恵比寿たちを見送る。
「先輩、お気をつけて」
「ああ。みんなを頼むな」
新橋は笑顔で答えて竹林に入っていった。残ったのは俺とすみれだけだ。
「さて、と。すみれ」
「はい?」
俺はすみれの腹部に拳を叩き込んだ。すみれは一瞬だけ目を見張り、気を失った。
俺はすみれの身体を抱き上げて、離れに寝かした。これから起こる殺し合いはすみれにはきついだろう。
俺は離れを出た。そして、大声で叫ぶ。
「そろそろ始めようぜ!」
それに反応するように出てくるマニゴルドの騎士たち。10、20、50、100人はいるな。裏にも兵を配置しているだろうし屋敷の外にもいるだろうからかなりの数だ。
今夜は月が明るい。月光に照らされて、見知っている騎士が俺の前に出た。
「確か……、マービン・クルード、だったな?」
以前俺がつけた傷は完全になくなり、両腕も付いている。
マービンは勝ち誇った笑みを俺に見せた。
「ストゥレーガは家族からも見放される、いかに罪深い存在かは理解できたかな?」
「あいにく、そうでもないな」
昨日は恵比寿と家族との和解が見れたしな。秋葉家が違うってだけだ。
「どうせ裏から圧力をかけたんだろ?マニゴルドの支援団体は世界的大企業も少なくないからな」
「君の親は快く今回のことを承諾してくれたよ。君のような穢れを出したことを悔いているんだろうね」
「権力に依るものはより大きな権力にかしずく。それは必然だ。それが嫌なら権力の外にいるしかない。俺たちみたいにな」
「あはは! マイノリティらしい考え方だね! それがどれだけ周りに迷惑をかけているのかわからないのかい?」
「黙って従えっていうんなら、やってみればいい。だが、俺たちは無抵抗主義は気取らないぜ」
「ああ、わかっているよ。だから私たちが強制執行するんだよ」
マービンは片手を挙げた。騎士たちは殺気立った。俺も足に力を入れる。
「それでは滅させてもらうよ、正義の名の下にね!」
マービンは腕を振り下ろした。
それを合図に騎士たちは俺に向かってきた。