女のそれぞれ
「寝ちゃいましたね」
しばらく秋葉巧の寝顔を眺めた後、新橋美異は恵比寿洋子に言った。
「疲れていたんでしょ。虚勢張っても緊張していたのよ。昨日の私がそうだったから」
洋子は寝転がる。それに倣うように美異も畳の上で横になった。
「明日までに秋葉もご家族と仲直りできるといいんだけど」
「それってそんなに重要なことですか? 先輩の言っていた通り、家族のあり方なんてそれぞれだと思いますけど」
「それはそうよ。もし親がいなかったってそれは非難されることじゃないもの。でも、うまくいくならそれにこしたことはない。そうでしょ?」
「私にはわからないです。私は家族の情なんてもの、知りませんから」
「白金の『世界』がどんな幼少期を過ごしたか、興味があるわね」
それを聞くと美異は表情を一変させ、冷徹な目で洋子を見た。
洋子は美異の威圧を受け流すように微笑んでいる。
「知っていたんですか?」
「まあね。私は寮のメインコンピューターにアクセスすることがあるから」
「秋葉先輩は?」
「知っているのは私と芳樹さん、あと、久菜先輩くらいよ。秋…、巧は知らない。もっとも、あいつは知っていても気にしないだろうけど」
美異は身体を起こした。
「それを今私に明かす理由は?」
洋子はうつぶせに寝返り頬杖をつく。
「あんたとはとことんやり合うことになりそうだから。秘密を知っているのはフェアじゃないでしょ?」
「なんのことです?」
洋子は横目で巧を見た。美異には、それで、それだけでわかった。
「そろそろ誤魔化すのも飽きてきたからね、自分の気持ちに」
睨む美異、微笑する洋子。
ふっと、美異は肩の力を抜き、畳に倒れこんだ。
「言っておきますけど、茨の道ですよ。巧さん、自分のことには久菜先輩並に鈍いから」
「知っているわよ。あんたより付き合い長いんだから」
美異は少し考えて、洋子に教えることにした。
「そうですね。私も洋子先輩に教えます。私が白金を離れたのは、あなたがいたからなんですよ」
「?なんでそんな大事が私のせいなのよ?」
「実は、私と巧さんはずっと前に会っているんです。私はずっと巧さんを見ていました。だから、付き合いは私のほうが長いんですよ」
美異はくすくすと笑った。
「ここでの巧さんは一人でした。東桃花って人はいたけど、あの人は体裁上の付き合いだってわかったから。だから私は遠くで見ているだけで満足できたんです」
美異は、孤立する巧を見て自分のみが巧を理解していると優越感に浸っていた。
巧がストゥレーガだとわかってからは、その思いはさらに募り、狂喜した。
だが、その狂喜はすぐに冷めることになる。
それは、巧が七草学園に転入したからだった。
七草学園で巧は社交的になり友達を作るようになった。
秋葉の家に依るような態度は当然学園では通用するはずもなく、それは巧なりの処世術だったのかもしれない。
巧は変わった。
美異は焦った。親しく付き合えば巧の優しさは伝わる。今まで独占していると思っていた巧は、もはや美異だけのものではなくなっていた。
そして、その陰に同じストゥレーガの存在、洋子や久菜たちのことを知ったとき、美異の焦りは行動に変わっていた。
「我慢できなくなったんですよ。巧さんの側に私以外の誰かがいるのが」
「そんなことでねえ。それで、今は?」
美異は少し考えて、洋子に微笑んだ。
「恋愛は難しいです。殺したら終わりってわけにはいかないから」
洋子は腹這いで巧に近づくと、頬を突いた。
「しかし、お互いに見る目はないわね、こんなのがいいって思うんだから」
巧は眉間に皺を寄せると寝返り、洋子に背を向けた。洋子の対面には美異がいる。
「わかっているんですか? あなたのことを話しているんですよ?」
巧は口を動かしながら仰向けに寝返った。女2人は男を挟んだまま、笑いあった。