巫女舞
境内には人が溢れていた。昨日の比ではない。屋台が出ていないのがおかしいくらいだ。
「ほら、新橋、はぐれるなよ」
俺は新橋の手を握り舞台横の見学席に着いた。
「あ、おにい、みことちゃん。やっと来ましたね」
「由紀ちゃん、ここの月次祭っていつもこんなにすごいの?」
「いいえ、おねえのせいですよ。みんなおねえの巫女舞を見に来たんです」
恵比寿はすでに舞台上にいる。久しぶりだからなのか緊張した面持ちをしている。
「昨日の来客数もすごかったでしょう?いつも私が舞うときは社殿で済ますんですけど、おねえの場合は今回みたいに特設の舞楽殿を作るんです」
「なに? 恵比寿ってこの世界では有名なの?」
俺はそれなりに神社関係には詳しいつもりだが、それを知らなかったってのは正直悔しい。
「ん?君は洋子ちゃんのお神楽を知らないのかな?」
突然横に座っていた男性に声をかけられた。歳は30中盤だろう、痩せ型でメガネをかけている。
「あ、目白さん、こんにちは」
「由紀ちゃん、こんにちは」
俺と新橋は由紀ちゃんに目白と呼ばれた人を紹介してもらう。
「えっと、氏子の目白さんです。県会議員をされているんですよ」
俺と新橋は軽く頭を下げた。目白さんはふと俺の顔を見て眉間に皺を寄せた。
「君は、ひょっとして秋葉さんのところの巧くんかな?」
「どこかで会いましたか?」
「あはは。何度かパーティーであったことがあるんだよ。でも、あの頃は僕はただのしがない議員秘書だったからね。覚えていてもらえなくても仕方ないよ」
「はあ」
「それより洋子ちゃんだよ。僕も昨日洋子ちゃんが帰っているって聞いて今日の仕事を放ってきたんだから」
あの恵比寿がねえ。
俺は恵比寿を見た。
恵比寿は例の吊り目で頼りなげに俺を見ていた。
俺は舌を出してやる。
恵比寿は少しだけ目を見開くと、口元に笑みを浮かべた。
……一瞬で引き込まれた。
しゃん、と神楽鈴が鳴らされる。
それを合図に巫女舞は始まった。
境内に鈴の澄んだ音が響く。
これだけ多くの人がいるのに、それは鳴り響く。
全員が、恵比寿を見ていた。
恵比寿は舞う。
言葉を飾らずに言うなら、綺麗だった。
俺は恵比寿に見惚れ、目が離せなかった。
「中学生の時もすごかったけど、大きくなってますます綺麗になったね」
「ええ、綺麗ですね」
言った後ではっとなったが、新橋は気付いていないようだった。
「巧くんはこの神社がどの神様を祀っているか知っているかな?」
「確か恵比寿さまと蛭子命の二柱って聞いています」
「蛭子命はどんな神様?」
「イザナギとイザナミの最初の子供でしたね」
「うん。不具であるとして葦の舟で流されて捨てられてしまう。その舟が流れ着いたところで富をもたらす漂着神として各地で信仰されているんだけど……」
目白さんは一度言葉を切った。
「ちょっと、君に似ているね。ストゥレーガとして秋葉家から絶縁されたところとか」
俺は横目で目白さんを見た。議員なんてことをやっていると、ストゥレーガのことや俺の実家の裏事情も知っているってことか。
「よくご存知で」
「気に障ったかな?」
「いえ。本当のことですしね」
目白さんとの話はそれきり、俺は視線を恵比寿に戻した。