舞台作りと居間でトリビ
「そら、行くぞ。いっせえの、せ!」
俺は肩に力を入れて木材を持ち上げる。
ここは恵比寿神社境内。
今、俺は神楽舞用の特設舞台を作っているところだ。
舞台自体は夏祭りや年末年始に毎回組み立てるものなので、それほど複雑なものではない。ただ、力仕事なので俺は氏子さんの男衆に混じって手伝っているわけだ。
男衆のみなさんは昨日以上に俺に親密に接してくれていた。だが、たまに親しみを持って「甲斐性なし」と呼ばれる。この地方のスラングだろうか?
由紀ちゃんにはおにい(ニュアンス的には義兄?)と言われるし。なぜだ?
「あ、いたいた。あきばー、なにやってんのよ~!」
「おう、えび、す!」
俺は恵比寿の姿を見て目を見張った。
なんと、恵比寿は巫女装束を着ていたのだ。それも正装。千早を羽織り、頭には挿頭。髪はいつも通り後ろで結っているだけだが、髪飾りという筒状の布でまとめている。
男衆からは、おー、と歓声が沸く。あ、なんか涙が出てきた。
「恵比寿、・・・その格好?」
「どう、似合う?今日のお神楽、私が舞うことになっちゃって。なにしろ5年ぶりだから自信ないんだけど」
俺は恵比寿の手を取った。意外にも小さい。
「恵比寿、いや、洋子!俺と付き合ってくれ!」
おおー、とさらに大きな歓声が沸く。恵比寿は頬を赤らめて俺を見た。
「え?そ、そんな、いきなり。その、本気なの?」
「いや、今のなし。巫女装束姿に我を失…ぐっふう!」
緋袴を舞い上げ、俺の腹部に恵比寿のつま先がめり込んだ。わああ!と、今までで一番大きな歓声が沸いた。くそ、いい蹴りだ。
「死ね!早めに死ね!」
男衆は俺と恵比寿を指差して笑っている。恵比寿はガニ股で母屋に去っていった。あいつ、なにしに来たんだ?
「甲斐性なしの兄ちゃん。今のはまずいよ。気立てのいい洋子ちゃんでもあれは怒るよ」
「気立て? いや、それより、なんで俺が甲斐性なしなんです?」
「そりゃおまえ、据え膳食わなけりゃ甲斐性なしと言われても仕方ねえよ」
?さっぱりわからない。なんなんだ、一体?
舞台を組み立て終えて母屋に戻ると、居間で新橋がひとりトリビジョンを見ていた。格好はTシャツにホットパンツと軽装だ。こいつも他人ん家でくつろいでるなあ。
「よお、新橋。なにか面白いのやってるか?」
「あ、巧さん。お疲れ様です」
トリビジョンはニュースをやっていた。空港の入国監査員が急死したらしい。
空港ということもあるのだろう、ゴールドのパンデミック以来トリビジョンはこの手の話題に敏感だ。
「急死、ねえ。変な病気じゃなければいいけど」
「たぶん、そういうことではないと思いますけど」
新橋を見ると少し怖い顔でトリビジョンを見ている。
「?なんでそう思うんだ?」
新橋は慌てて俺を見て手を横に振る。
「あのその、インタビューで言ってたんです。同僚の人が、死んだ人は変な病気にかかっているようには見えなかったって」
「ふーん。ところで、恵比寿家の人たちは?」
「社殿で月次祭をやってますよ。遠目で見学させてもらいましたけど祝詞を奏上していました」
どの神社でも行事は祝詞を奏上してお神酒を飲んで福鈴を授けられる、と大した違いはない。
神社巡りで見慣れた俺としては今さら改まって見るものでもない。
不謹慎ながら俺の神社参拝の目的は巫女さんを見ることなのだ。途中から顔を出しても迷惑だろうしな。
俺は新橋の隣に腰を下ろした。新橋は身体を寄せてくる。
「なあ新橋」
「なんですか?」
「おまえ、昔は白金にいたんだよな。神田惣一って知ってるか?」
びくんと、新橋の身体は一度跳ね、そのまま固まった。
「おい、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。今日はいい天気ですね」
「ああ、そうだなあ。それで、知ってるか?『愚者』」
「日本語って難しいですよねえ。私、未だに間違っちゃいます」
……つまり、俺の言ったことは理解できないと。まあ、無理には聞かないよ。
軽い振動、俺は携帯を確認した。メールが着ていた。