インタールード
新橋美異は布団に入り今日一日を回想する。
今日はいい日だった。おいしいものもいっぱい食べられたし由紀と友達にもなれた。そして、今日は巧と長く一緒にいられ、多くのことを話せた。
中でも、巧が過去の自分を覚えていてくれたことが嬉しかった。過去の少女を美異とは思っていないようだが、昔から好意を抱いてくれていたのだ。美異は興奮を抑えきれないというように身もだえした。
だが、美異は、今まで隠しきれなかった笑みを一瞬で消すと、突然声を発した。
「なんのようです、『鷲』」
その冷えた声に反応するように、部屋の隅に女性が浮かび上がった。
『世界』に仕える使徒、『鷲』だ。
『鷲』は膝を着き恭しく美異に頭を下げている。
「ご就寝中、失礼いたします」
「ええ。私の安息を妨げる以上はそれなりの覚悟があってのことなのでしょうね?」
「お叱りは後ほど。報告があります」
美異は布団に入ったまま、目で先を即した。
「『正義』が来日しました」
美異は身体を起こした。
「目的は?」
「申し訳ありません。そこまでは掴めていません」
美異は不快感を隠しもせずに舌打ちする。
「監視しなさい。おかしな動きがあれば報告するように」
『鷲』は深く頭を下げると、解けるように消えた。
美異は害された気分を収めるために頭から布団をかぶった。
そして、隣の部屋で寝ているだろう巧を想い、目を閉じた。
関東では午後から雨が降り出している。空港のフロアーも傘に付いた雫で所々水溜りを作っていた。
神田惣一は入国ゲート近くのイスに足を組んで座り、吐き出される入国者の群れを見ていた。
人の流れがまばらになった頃、3人の男女が入国ゲートを通った。
一人は浅黒い肌を持った男。2メートル近い長身に、細身だが引き締まった筋肉をしていた。
一人は黒人の女。背は低く、厚い唇を持っている。
そして、一人は白人の女。赤い唇と長い金髪を持ち、サングラスをかけている。
3人がゲートを通るとき、センサーが反応した。係員が先頭にいた白人の女を止める。
「なにか?」
「すいません。貴金属類を外してもう一度通ってください」
女はサングラスをずらし、係員を、作り物めいた銀色をしている両目で見た。
係員はその瞳に吸い込まれるように、ゆっくりと前のめりに倒れた。
3人は痙攣している係員を無視して、ゲートを通過した。惣一は3人に近づく。
「あーあ、可哀相に。『正義』の裁き、か」
「彼は運がなかったわね。久しぶりね、『愚者』。去年のサバト以来かしら」
「確かにお手伝いを送ってくれと頼んだけど、まさか君たちが来るとはね」
白人の女は微笑を浮かべた。彼女はゲルトルート・ガルボ。『正義』の称号を持つ白金最高幹部だ。
男は片頬を吊り上げた。彼の称号は『ブレード』。黒人の女は表情を変えることもなく口角を下げている。彼女の称号は『天秤』。『ブレード』と『天秤』は『正義』に仕える使徒だ。
「また面白いことを考えているんでしょ?日本ということは、ターゲットは『世界』、かしら?」
「あはは。お見通し、か。正確には少し違うんだけどね」
「あなたの気を引くほどのストゥレーガがいるの?」
「うん。この間新しく友達になったばかりでね。ほら、友達には喜んでもらいたいだろ?」
「へえ。馬場久菜あたりかしら?」
「外れ。彼女の部下なんだけど。この間スカウトした娘を始末されちゃってね。それがどうやら『世界』のお気に入りなんだ」
「そう。それならその子はあなたに任せて私は『世界』と遊ばせてもらうわね」
「ああ、頼むよ。場を盛り上げて欲しいんだ」
惣一は3人に恭しく頭を下げ、一礼する。
「ようこそ日本へ。『正義』ご一行さま」