恵比寿家~宴会前~
再び長い石段を登って神社の境内に入る。
新橋が俺の腕を離すと同時に恵比寿が駆け寄ってきた。
「あ、秋葉。どこに行っていたのよ」
「よう、恵比寿。感動の再会は終わったか?」
「そんなんじゃないわよ!」
「涙ぐんでいたくせに」
「ちが! そう、あれは、叩かれて泣いていたのよ!」
「ま、そういうことにしておくか。それより、これはなんだ?」
神社の境内は人が溢れていた。2~30人はいるんじゃないだろうか。
「月次祭の準備か?」
「違うわよ。月次祭はそんなに大したことをやるわけじゃないからもう準備は終わっているわ」
「じゃあこれはなんだ?」
恵比寿は軽くため息を吐く。
「言ったでしょ。ローカルネットワークを舐めるなって」
タイミングよく数人の男女が石段を上がってきた。
「あ、いたいた! 洋子ちゃーん!」
男女は恵比寿に勢いよく手を振る。恵比寿は困ったように手を振り返した。
こいつら、全員恵比寿の知り合いか? 数もさることながら、年齢層の幅が広いのがすごい。小学生くらいから老人まで老若男女揃っている。
それに、俺たちがバスを降りてからまだ2時間も経っていないのだ。
……ローカルネットワークか。
「秋葉、美異。とりあえず母屋のほうに行って。由紀がいるから部屋に案内させるわ」
「あ、ああ」
恵比寿は忙しそうに今来た男女のほうに小走りで向かった。
俺と新橋は目を合わせると、母屋に向かった。
「あ、巧さんと美異さんですね。私は洋子の妹で由紀といいます。いつもおねえがお世話になっています」
由紀ちゃんは玄関で俺たちを見かけると軽く頭を下げてきた。定時を過ぎたのか巫女装束は脱いでしまっている。残念だ。
「ああ、今晩お世話になるね」
「よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします。ところで、おねえは?」
「外で来客の対応中。すごい人気だね」
「ええ。少し妬けますよね」
余談だが、今晩の来客は100人を超える。そして、明日の月次祭はさらにすごいことになる。
俺たちは由紀ちゃんに部屋に案内された。俺は8畳の客間に案内される。新橋は隣の部屋だ。
俺は客間に入った。寮の部屋は洋間なので和室は久しぶりだ。荷物を置いて、軽く室内を見回した後、俺は応接間に向かった。
そこは、戦場だった。
夕飯の用意だろう、おばさん連中がせわしなく応接間と厨房を行き来している。来客全員の分を用意しているのだろうか、勝手口には出前なども来ていた。
さて、なにか手伝ったほうがいいかと考えていると、中年のおじさんに手招きされた。それが、さきほどまで神主姿をしていた恵比寿の親父さんなのだとわかるのに少しだけ苦労した。
「秋葉、巧くんだね。洋子の父です。いつも洋子がお世話になっています」
親父さんは俺に頭を下げる。大人に頭を下げられるのは久しぶりだから恐縮してしまう。
俺と親父さんは縁側に腰を下ろした。いわく、厨房は男子禁制で邪魔してはいけないらしい。
「それで、向こうで洋子はどうかな?」
「たぶんこっちと同じですよ。面倒見のいい姉御肌。元気に人気者をやってます」
親父さんは手で顔を撫でた。俺に聞きたいことが山ほどあるんだろうが、なにから聞いていいのかわからないといった感じだ。
「えっと、君も、その、洋子と同じなのかな?」
目的語が省略された言だが、俺にはなにを聞きたいのかがわかる。
「ええ。俺もストゥレーガです」
「そうか……」
親父さんは、少し躊躇ったようだが、語りだした。
「今から5年前、中学1年の時に洋子が突然失踪してね。少なくとも私たちには前兆は見えなかった。すぐに警察に届けを出したよ。だけど、洋子は見つからなかった。洋子が失踪してから1ヵ月後、東京の役人さんが来てね。その時に聞いたんだ。洋子がストゥレーガだということ。全寮制の七草学園にいること。浅はかにも世情には疎くてね。その時初めてストゥレーガというものを知ったんだけど……」
ストゥレーガのことは報道管制が布かれていて秘されている。知らないのは当然のことだ。
「それで、今日帰ってくるまでなんの連絡もなくてね。私たちは洋子の家族として、なにが足りなかったのかなあ」
「そんなことはありませんよ。俺はようこ、さん、が、失踪した気持ちがわかります。俺たちは、心配させるかもしれませんけど、頻繁に命を狙われたりするんです。自分が家族と一緒にいたら迷惑がかかると思ったんですよ。だから、洋子さんが家族と距離を置いたのは、嫌だからとかそんなんじゃないです。なかなか帰らなかったのは、多分、勝手にいなくなった手前、気まずかったからだろうけど」
親父さんは俺の顔を見た。俺は、親父さんを安心させるために笑顔を作った。
「あ、秋葉、お父さん」
来客の対応が終わったのか恵比寿は外から縁側にやってきた。
「なに話してるの?」
「おまえの弱みを聞いてるんだよ。今後、俺に逆らえないようにするためにな」
「くっだらないことしてるんじゃないわよ!」
「あはは、巧くん。洋子のことは気長に見てやってくれよ。これでも男を立てる古風なところもあるからね」
「おとんも馬鹿言うなや!」
親父さんは最後に「結婚式は神前だぞ」と、とんでもないことを口走って去っていった。