出発!
そして土曜の午前中、俺と恵比寿は寮のエントランスに集まった。
俺と恵比寿の表情は似たようなもので、これから旅行に出かけるとは思えないほど沈んでいる。
「みことー!早くしなさいよ!」
「もうちょっと待ってください!」
女子寮のほうから新橋の声が聞こえる。
「新橋はなにをやっているんだ?」
「知らないわよ」
不機嫌そうにそう言う恵比寿。苛立ちが募っているのがわかる。
新橋は、それからさらに5分ほどしてエントランスに来た。
手には抱えるほどの荷物を持っている。重力を軽くしているため重くはないのだろうが、量が多いため、かさばって歩き辛そうだ。
「なによそれ! たった2泊でなんでそんなに荷物が居るのよ」
「でも、先輩方のお家に行くのに手ぶらというわけにはいかないでしょう?」
新橋の荷物をひとつ取る。中には憶良市の老舗和菓子屋、おかずやの梅饅頭が入っていた。
「なんだ、まだ行っていなかったのか?新幹線の時間は大丈夫なのか?」
ふらりと芳樹さんが前を通る。
「今から出るところですよ。芳樹さん、これ、後でみんなで食べてください」
俺は新橋から荷物の大半を奪い(結構重い)、芳樹さんに渡した。
「ああ、悪いな。ありがたく頂くよ」
芳樹さんは大量の荷物をよろけるでもなく受け取る。
新橋は少し不満顔をした。
大量の荷物がなくなったにもかかわらず、新橋の手元にはスーツケースが残っている。ちなみに恵比寿の荷物はボストンバックひとつで、俺の荷物は小さいバックパックだけだ。
「ほら、行くぞ」
俺は恵比寿のボストンバックと新橋のスーツケースを奪うと先に歩き出した。
恵比寿はいかにも重苦しい歩き方で、新橋は尻尾があったら振りそうな軽い足取りで俺の後についてきた。
俺たちの寮であるフォートフィフスから最寄りの憶良駅まで歩きで30分、そこから新幹線の通っている大きな駅まではだいたい30分。そこで少し時間を潰し、新幹線に乗って東海道にある県までは1時間ほどの旅程だ。
新幹線の中、俺の横に座る新橋はなぜか終始テンションが高い。反対に、俺の向かいに座っている恵比寿のテンションはどんどん下がっていく。
「ねえ秋葉。このまま大阪まで行かない?」
「いい考えだ。京都で巫女さんってのも悪くないよな」
「駄目です!今日のお昼はひまつぶしって決めているんです!」
テンションの高さゆえなのか、新橋は恵比寿の前であるにも拘らず俺にべたべた触ってくる。
「私、調べたんですよ。ひまつぶし、楽しみだなあ。あ、でも手羽先もおいしいらしいですね」
「ちなみに、ひまつぶしじゃなくてひつまぶし、な」
「そうでしたっけ?どっちでもいいです。はい、あ~ん♪」
新橋は俺の口にチョコスティックを押し込んでくる。正直うざいが、これだけハイテンションな新橋も珍しいため、うまくあしらえない。
「美異、なんでそんなにテンション高いのよ」
「だって!私、先輩たちと旅行なんて初めてなんですもの!この1週間、ずっと楽しみにしていたんですよ♪」
「旅行、ねえ。行き先が別な場所なら気持ちもわかるんだけど」
「同感」
俺と恵比寿は顔を合わせて、同時にため息を吐いた。
しかし、俺は新橋の過去をなにも知らないな。まあ、恵比寿のことも知らないし、ストゥレーガなんてものをやっている手前、多かれ少なかれ嫌な思いをしているから話して楽しいものではないんだろうが。俺自身の過去も誰かに話したいことではないしな。
俺は、まとわりついてくる新橋をいなしながら車窓に目を向けた。反射で車内を確認する。
恵比寿は、口をへの字に曲げたまま俺を見ていた。