下校~くーちゃんと~
その後、俺は馬場先輩の生徒会の仕事を手伝った。
普段なら気付かなかったふりもできるが、これから生徒会室に行く、と目の前で言われたら手伝わざるを得ないだろう。
断ってくれたらいいなあと、淡い期待を込めて提案した俺の協力を馬場先輩は「別に、好意を断るほど狭量じゃあないつもりよ」と、婉曲なことを言って受け入れた。
別に言わなくていいことを言うこのちびっ子生徒会長は、わずかに頬を緩めていた。
憶良市の夜は早い。山が夕日を隠すからだ。
俺と馬場先輩は一緒に下校した。校門を出るとき、周りからなにか痛い視線を感じたが気のせいだろう、うん。そういうことにしておくのが無難だ。
「久しぶりね、2人で下校するのは」
「ええ、そういえばそうですね」
俺と馬場先輩は口数少なく、肩を並べて歩いた。
恵比寿や岡地先輩といる時のように騒ぎまくるのもいいが、馬場先輩といるような、落ち着いた、けど、どこか和む空気も嫌いじゃない。
「巧くんはどう思う?」
馬場先輩は急に聞いてきた。
「なにがです?」
「白金の行動よ。『愚者』が出てきたことからもわかるように、私には最近活発化しているように思えるのよ」
人気のない峠道に差し掛かったためだろう。馬場先輩は白金のことを聞いてきた。
「そういえば、ストゥレーガの数って増えているんですよね」
「ええ。12番戦争停戦時、白金を脱退して黒金に入ったストゥレーガの数は5000人に満たなかったわ。今では10000人を超えているもの。もっとも、停戦したことによってストゥレーガの死亡率が下がったことも理由だと思うけど」
「白金って今どれ位いるんですかね?」
「正確な数はわからないけど、黒金より多いということはないと思う。本部では2~3000人と推測しているわ」
俺は、少し考えてから聞いた。
「歴史準備室での話、あれ、白金のことですか?」
「あれって?」
「不確かな優位性ってやつ。白金が、もう少し広げるなら俺たち黒金を含めたストゥレーガがその気になったら、人の優位性は維持できないってこと」
人類の総人口は100億にわずかに達しないほどだ。それが10000人程度のストゥレーガに脅かされるなんてことがあるんだろうか。
「ストゥレーガも人よ。それは自覚しないと駄目よ。そうしないと白金のように安い選民思想に毒される」
「覚えておきます」
風が山を揺らした。葉擦れの音が峠道を包む。
「ストゥレーガは差別されていると思う?」
馬場先輩は話を変える。話が飛ぶのは女の会話の特徴だが馬場先輩も例外ではないようだ。
「そうですね。黒金に入るまでは、けっこう酷かったですね。でもそれはストゥレーガとしてではなかったからなあ」
俺が家を出てから七草学園の中等部に編入するまで、まあ、それなりの経験はした。いろんな都市を放浪したことや、ストリートチルドレンの仲間と生活したこともあるが、その時は買い物もできないような状態だった。
俺は少し考えて答えた。
「俺たちは学校や住居を選ぶ自由はないけど、それは別に不便に感じてないし……。表向きはそれほどでもない。そもそもストゥレーガの存在自体が隠されているから当然なんですけど。でも、マニゴルドの連中が言うように、俺たちはマイノリティですし、差別される要素は持っていると思いますよ」
「人類の敵として?」
「ええ。さっきの話で言うなら集団をまとめるためのわかりやすい敵ってことになりますから」
「ゴールドのパンデミックが起こったとき、各国は無為無策だった。その怒りの矛先を逸らすために悪魔狩りを推奨したという経緯があるのだけど、ストゥレーガが差別されるためにあるとしたら私は差別されるために生まれてきたことになるわね」
馬場先輩は美少女らしからぬ顔の歪め方をした。
馬場先輩は『アーペレジーナ』の称号を持つストゥレーガだが、俺たちとは少しだけ違う。フェイカーと呼ばれる、人工的に作られたストゥレーガなのだ。
「本部での差別はひどいわよ。ストゥレーガが実社会で生活できるのは自分たちのおかげだって、露骨に態度に出すんだから」
「芳樹さんからはそんな感じはしませんよ」
「芳樹は私たちにシンパシーを感じているのかもしれないわね。芳樹の祖母はストゥレーガだったから」
「へえ、そうなんですか?」
そこで話が途切れた。
馬場先輩はなにかを言おうとして、黙った。それで俺は気付いた。この人にも気を使わせたらしい。無理に話題を作っていたのだ。
運動公園に差し掛かる。俺が飯田恵を殺した場所だ。
「……私の人選ミスだったわね。巧くんは飯田さんとは顔見知りだったんだから。つらいことをさせたわね」
「いえ。仕事と割り切るつもりもないけど、飯田を殺したのは自分の意思ですから」
飯田は放っておいても死んだだろう。あえて胸に剣を突き刺したのは俺の意思だ。そして、その役目が恵比寿や正志ではなく俺だったことは、きっとよかったことなのだ。
俺は夜の空気を吸い込んだ。
「大丈夫ですよ。いつまでも落ち込んでるってタイプでもないから。週末に恵比寿の実家に行って気分転換してきます」
「そう……」
馬場先輩はまだなにか言おうとしたが、黙った。そして、歩く速度を落とした。俺も、馬場先輩に歩調を合わせる。
俺たちは、ゆっくり峠道を登って、フォートフィフスに帰った。