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戦い終わって、ショートケーキ

 俺はひとり川辺に座り膝を抱えていた。


 なんか、色々あった。


 まず、ことの起こりは岡地先輩が俺の前の肉を取ったことだ。

 岡地先輩は勝ち誇った顔で俺を見下した。ここに岡地先輩と俺の早食い戦争はオープンコンバットする。

 だが、互角に戦えたのは最初だけで、岡地先輩がほとんど生のままで肉を食べ始めると俺はついていけなくなり、早々に完全敗北を認めさせられた。


 そして、悲劇はここから始まる。


 満足そうに腹を撫でる岡地先輩。俺も岡地先輩に張り合って大量に詰め込んだので腹いっぱいだ。

 それを見越したように鉄板に並ぶ高級食材。

 バーベキューらしい串焼きをはじめ、さっきまではなかった牛タン、上カルビ、上ロースなどの焼肉メニュー。銀紙に包んだハーブ鶏、ステーキ肉、貝や海老などの魚介類まである。

「馬鹿ね。留美先輩と張り合うなんて」

 とは恵比寿談。

「留美は味なんてわからないんだから安いお肉でいいのよ」

 とは馬場先輩談。

 新橋だけは俺に同情の目を向けていたが、その奥にはなにやっているんだかというさげずみの色が浮かんでいた。いや、被害妄想かもしれないが。

 こうして俺はかつての同僚が楽しそうにバーべキューをする声を後ろに聞きながらひとり黄昏ていた。

 泡の出るジュースのプルタブを開ける。ぷしゅという小気味のいい音を立てアルコールの匂いが漂う。

 一口飲む。苦い。だが、今の俺にはこれがいい。

「またそんなものを飲んで……」

 後ろからの声は新橋だった。紙皿に乗ったショートケーキを持っている。

「巧さん、デザートは食べていないと思って」

「ああ、サンキュー」

俺は新橋から紙皿を受け取りショートケーキを食べる。甘い。だがうまい。

 俺は3口でケーキを食べきった。

 新橋は俺を微笑んで見ていた。

「楽しいですね」

「なんだよ、急に」

「なんとなく、そう思ったんです」

 そう言って新橋は俺に後ろから抱き付いてきた。細い黒髪が頬を撫で、甘い香りが鼻腔をくすぐる。

「その、新橋。なんか気を使わせちゃったかな」

 飯田恵の件以来、俺は落ち込んでいた。それを表に出して変な気を使わせるのも嫌だったのだが、どうやらばれていたらしい。このバーべキューも、深読みすれば岡地先輩なりに俺に気を使ってくれたってことでもあったんだろう。もっともあの人は自分が楽しくないことは絶対にしないが。

「私は、なにもしていませんよ」

「ああ、俺は仲間に恵まれているなあ」

 つい、と新橋が離れる。

 離れると同時、抜群のタイミングで恵比寿と正志が来た。

「秋葉、あんた、ケーキ食べていなかったでしょう。持ってきてあげたわよ」

「ああ、サンキュー」

 俺は恵比寿からケーキを受け取り、食べた。新橋が変な顔をしたが無視した。

「そういえば洋子先輩。来週の3連休はどうする予定ですか?」

「別に決めてないわねえ」

「予定なしか。寂しいな」

「うるさいわね!あんたはどうするのよ」

「俺か? 俺は神社巡りだ」

「巧、それはそれで寂しいぞ」

 正志が憐憫の目を向けてきた。

「そういえば来週は6月の最初の日曜になるわね。私の実家も月次祭つきなみさいやるわね」

「なに! おまえの実家って社家だったのか?」

「月次祭? 社家?」

 俺は正志に説明する。

「月次祭ってのは神社で毎月行われる行事で、社家は実家が神社の家のこと。つまり!

恵比寿は巫女さんだったのだ! ……えぇ?」

「なんでがっかりしてるのよ!」

「なんだ、盛り上がっているな」

「あ、芳樹さん」

 芳樹さんの手にはケーキの紙皿があった。

「巧にデザートを持ってきてやったぞって、なんだ、酒があるじゃないか!」

 芳樹さんは俺に紙皿を押し付けると俺の横に置いてある泡ジュースを取り上げた。そして、一気に半分ほどを飲み干す。

「ふー、うまいな。あはははは」

 この人、酒好きだがすごく弱い。

「そういえばあんた車だろ?なんで飲んでるんですか!」

「だ~いじょうぶ!自動運転にすれば問題ない!」

 あ、駄目だ。この人もう酔ってる。俺は芳樹さんに絡まれながら3つめのケーキを食べた。新橋はなぜか不愉快そうに丸石を拾った。

「たっくみく~ん! あ、芳樹が面白いことになってる!」

「……芳樹にお酒を飲ませたのは誰?」

 岡地先輩と馬場先輩が別方向から来る。手にはケーキだ。

「巧くん、ケーキ食べるよね。っと、くーちゃんもか」

「2つは多いかしら?」

「いや、頂きますよ。せっかくですしね」

俺 は4つめと5つめのケーキを受け取り、食べた。新橋と恵比寿が変な顔をしたが無視した。

 余談だが、夜、ひとりで唸っているところに新橋は胃薬を持ってきてくれた。

「渋谷先輩は?」

「もう部活に行ったわ。せわしないわね」

「じゃあみんなここに来ちゃいましたね」

「ところでなにはなしていたの~?」

「来週の3連休に恵比寿の実家に遊びに行こうって話になってました」

「はあ?いつそんな話になったのよ!」

「確か東海のあの県だったよな。ってえと泊まりだな」

 以前なにかの拍子に聞いたことがあるのを、俺の実家がある隣の県だったので覚えていたのだ。

「ちょっと! 私は承知してないわよ!そもそもなにしに来るのよ!」

「俺もそろそろおまえのご両親にちゃんと挨拶しておいたほうがいいだろ?」

「え! ま、待ってよ! そんなこと、いきなり言われても、その、困るわよ……」

 恵比寿、なにかもじもじと下を向いている。

「待て! おまえらいつからそんな関係になっていたんだ! 俺は認めんぞ!」

 と、これは正志。おまえに認めてもらうことでもないと思うんだが。

「いや、悪い。冗談だ。そんなに食いつくとは思わなかった」

「ああ、冗談ですか」

 そう言った新橋の手から砂がこぼれた。それは、丸石だったのか?

「それで、先輩たちはどうします?」

「私はもう予定入れているわね。今回は遠慮するわ」

「う~ん、私も用事あるよ。残念だね」

「新橋は?」

「ええ。ご一緒しますよ。もちろん」

「なんで話進めてるのよ!」

「正志はどうする?」

「俺は、実家に帰るって決めてるからなあ。今回はパスだ」

「そうか。残念だったな」

「な、なにがだ!」

 こいつもわかりやすい奴だな。

「それじゃあ俺と新橋の2人だな。ん?恵比寿も来るか?」

「……露骨に喧嘩売ってるわよね」

 こうして、俺たちは来週の予定を(強引に)決めたのだった。

 きわめてどうでもいいことながら、この後、寝てしまった芳樹さんを抱えて寮に戻るのはものすごく大変だった。

 俺はもうこの人に酒を飲ますまいと誓った。


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