ファーストコンタクト
俺は、背後の人物に剣を向けた。
背後に立っていたのは、男だった。
歳は俺と同じくらいだろう。左手には日本刀を持ち、学ランを着てメガネをかけている。
「なんだ、気付いていたんだ? それならもっといい席で見ればよかったな」
「無料見はさせないよ。見物料は払ってもらうぜ」
軽い足取り、男は無造作に俺の横を通り過ぎ、飯田の死体を見た。
「あーあ、可哀想に。噂以上の非道ぶりだね。仮にも同じ学校の仲間をこうも簡単に惨殺するなんて。七草学園生徒会、さすがは正当な悪魔狩りの継承者ってところかな」
「なんだそれ、酷い誤解だな」
「そうかな?」
男は飯田の髪を掴み、持ち上げた。
「白金、か?」
「うん。神田惣一っていうんだ」
俺の中に緊張が走る。神田惣一、『愚者』の称号を持つ白金最高幹部の一人。あらゆるものを切断する妖刀「真蛇」でこいつ一人に黒金の拠点が壊滅させられたことがある。
「大物だな。『愚者』が直々にスカウトか?」
「残念ながら無駄足になったけどね」
「助けてやればよかったんだよ」
「それは、駄目だよ。試験官が口出ししたら問題だろ?」
「飯田は白金の入団試験を受けていたわけだ」
「そういうこと」
俺は心音を数えた。
「ところで、君は?」
「俺は、秋葉、たく…!」
言い終わる前に神田は動いた。
俺の視界が広がった髪で隠される。
飯田を放り投げたのだ。
そして、俺にフラッシュバックが起こった。
俺が黒金に入る前、先輩のストゥレーガにあるアドバイスをもらった。
いわく、黒金を完全に信用するな。切り札は残しておけ。
実際入ってみて気付いたが、少なくとも政府側は俺たちの完全な味方ではなかった。今回のように情報をマニゴルドに横流しするやつもいるしな。
だから、俺たちは能力を本部にも全ては報告しないことにしている。
能力は内容が知られたら対策を立てられるからだ。ストゥレーガ側の本部は暗黙のうちにそれを認めている。
そして、俺の切り札がこのフラッシュバックだ。
俺に命の危険があるときに自動的に発動する。
名前は時詠み、内容は数秒先に起こることを知る、未来視だ。
俺は大きく仰け反った。
眼前を微かな光が過ぎ去る。飯田の死体は左右に分断された。
神田は刀を抜き放っていた。居合いだ。
俺の視界が塞がった瞬間に斬り込まれたのだ。
「お見事」
神田は抜き打ちをかわした俺にそう言うと、刀を鞘に収めた。
「おいおい、このまま逃がすとでも思っているのか?」
「うん、今回は見逃してよ。埋め合わせはするからさ」
俺に対峙する神田に隙はない。斬り込めない。
しばし無言で睨み合う。
俺は、剣を下ろした。
「……行けよ」
「物分りがよくて助かるよ。巧くん、君とはうまくやって行けそうだね」
「メルアド交換でもするか?」
「っは!いい考えだけど遠慮するよ、今回はね」
神田は俺に背を向けた。
「秋葉巧くん。覚えておくよ。これでも義理堅いほうでね、借りはしっかり返すようにしてるんだ」
「利子は高いぜ」
「あはは、早めに返すことにするよ」
俺は、神田の姿が見えなくなってから剣を捨てた。
ぐらりとよろける。今日は時詠みを使いすぎた。本来見えないものを見るのだ。脳にかける負担は尋常ではない。
倒れかける俺を支えてくれたのは、新橋だった。
来たことにも気付かなかった。こいつが近くにいたから神田は俺を見逃してくれたのだろう。
「巧さん」
俺はそのまま新橋に寄りかかる。新橋は、しっかりと俺を支えてくれた。
「……駄目だった。飯田を助けられなかったよ」
公園内は、未だに燻っている火で明るい。
俺は、激しい頭痛を振り払い、飯田の死体をもう一度だけ見た。