飯田恵
運動公園内は明るかった。所々に炎が上がっていて、公園内を照らしているのだ。
そして、炎は騎士たちの大量の死体を浮かび上がらせていた。
その死体の中心に立つ全裸の女性。
「飯田、なのか?」
飯田は長い髪で身体を隠し、呆けたように俺を見ていた。
俺は飯田の変容に驚きを隠せなかった。
一番の変容は、髪が長いことだ。俺の知っている昨日までの飯田恵は、ショートカットだったはずだ。
それが今は身体を隠し、足元でとぐろを巻くほど長い。
さらに恵の全身は赤黒く焼けていた。
俺は倒れている騎士の手に握られている小銃を見た。火炎放射器か。これでやられたのか? 顔は焼け爛れて目は窪み頬は痩せこけている。
俺は飯田に近づいた。
「飯田、大丈夫か?」
飯田はぼんやりと俺を見ていた。やがて目の焦点が合い、俺を確認した。
「……まだいた、蛆虫!」
瞬間、俺は思い切り身体を反らした。
俺の横を黒い針が過ぎ去る。俺はニュースを思い出した。死体には無数の小さな穴が開いていた。
そして、俺は針の正体を知った。
「髪!」
飯田は髪を硬質化して操っているのだ。
飯田の髪は束になり横薙ぎに払われる。俺はそれを身を屈めてかわした。
「落ち着け、飯田!俺だ!同じクラスの秋葉巧だ!」
「あきば、くん?」
飯田の攻撃が緩む。
「ああ、そうだ。秋葉だ。もう大丈夫だからな」
「秋葉、くん。蛆虫!」
飯田は俺と認識した上で攻撃してきた。
「おい、飯田!」
「秋葉くん!蛆虫は蛆虫らしく醜く潰れて死んでよ!」
髪が波のように上から降ってくる。
俺は騎士から火炎放射器を奪い、飯田の身体には当たらないように放射した。
髪は炎を受けて燃え上がる。だが、それは最初のうちだけだった。
燃えた髪の上からさらに髪が覆いかぶさる。硬質化して燃えにくいこともあるのだろう、圧倒的な髪の量で炎自体が飲まれていく。
俺は火炎放射器を放り出し、横に転がった。
今まで俺のいたところに髪が落ちる。
俺は転がりながら落ちていたセラミックソードを拾った。さらに追撃してくる髪を一閃して切り落とす。
「私は選ばれた人間、悪いのは蛆虫、私は悪くない!」
飯田の呟いている声が聞こえた。選ばれた人間? まさか、白金と接触したのか?
「飯田! 落ち着け! 俺たちは選ばれたわけじゃない! この力は、別に特別なものじゃないんだ!」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい!」
飯田は攻撃を続ける。
俺はかわし続けた。
「私は悪くない私は悪くない私は悪くない……」
呪詛のように飯田はそれを繰り返す。
飯田の顔は目に見えて悪くなっている。当然だ。髪を伸ばすのだって栄養を使う。無造作に使い続ければ体力を消耗し続けることになるだろう。
そして、それは起こった。
ばさりと、突然飯田の右手が消失した。代わりに腕からは黒い毛が生えていた。
「まずい、呑まれてる!」
優性遺伝子が疾病を誘発することがあるように、ストゥレーガの能力はプラス面に作用することばかりではない。最たるものが俺の時伏せだ。使用法をわずかでも誤れば脳内の血管を破って俺は死ぬだろう。力には制御が必要なのだ。
飯田は力を使いすぎた。その副作用がこれだろう。
飯田はなおも俺を攻め続ける。
「飯田、やめろ!」
「私は悪くない!」
もはや飯田には俺の声が聞こえなくなっていた。
すでに四肢は全て毛になっている。このまま身体のどこか重要な器官が変容するだけで飯田は命を落とすだろう。
俺は、覚悟を決めた。
「……せめて、人であるうちに」
俺は一度足を止めて、飯田に向かった。
飯田は髪を伸ばしてくる。
俺はそれをかわす。パターンはわかった。所詮は素人の攻撃、俺には通用しない。時伏せも必要ない。
最短距離、俺は飯田に肉薄すると、剣を、飯田の胸に刺した。
飯田の血走った目が俺を凝視する。
「あきば、くん?」
俺も飯田の目を見る。
「なん、で?」
それを最後に飯田は絶命した。
俺は剣を抜いた。飯田の身体は地面に落ちた。
飯田は、上半身を残して全て毛になっていた。
「なんで、か。俺が聞きたいよ!」
俺は、背後の人物に剣を向けた。