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ペルソナ

 それは、運動公園の入り口にある駐車場で起こった。

 走っている最中、目の前が赤く濁る。続くフラッシュバック。

 俺は反射的に新橋を押し倒した。

 半瞬の差で頭上を銃弾が通過する。狙撃されたのだ。

 倒れている俺たちの前に騎士たちが行く手を遮る。

 俺は、立ち上がった。少しふらつく。頭痛のせいだ。

「巧さん!大丈夫ですか?」

「……ああ、大丈夫だ」

 新橋は心配そうに俺を見た後、騎士たちを見た。

 たまに新橋が見せる、ぞくりとするほど冷徹な目だ。

 新橋は、ふっと、軽く瞳を閉じると俺にいつもの眼差しを向け、微笑んだ。

「ここは私が処理します。巧さんは先に行ってください」

 新橋の口調は丁寧だが、有無を言わさぬ強さがあった。俺は少し迷ったが従うことにした。

「わかった。ここは頼むよ」

「ええ、飯田先輩をお願いします」

 俺は、新橋に背を向けて走り出した。






 秋葉巧は運動公園内に走り去っていった。

 新橋美異は巧が見えなくなるまで見送り、顔に手を当てた。


 最初、巧が美異をかばった時、美異は気が狂いそうなほど嬉しかった。

 胸に抱かれて感じる巧の息遣い、心音、ぬくもり……。

 だが、その狂喜は一瞬で霧散した。巧が苦痛で顔をしかめたのだ。


 美異の周辺には特殊なフィールドが存在する。銃弾なら軌道は外れ、最新のレーザー兵器であっても光すら捻じ曲げる美異には通用しないだろう。

 無駄で下らない些事でマニゴルドの連中は巧を苦しめたのだ。


 手を顔から離す。




 そして、美異は仮面(ペルソナ)を脱ぎ捨てた。




「あなたたち、邪魔です」

 美異は手を振った。

 それだけで扇形の窪みができる。そこにいた10人以上の騎士はプレスされ、形すら残らず消失した。

 ただ、存在した証明として赤い液体が騎士たちがいた場所から湧き出していた。

 それを見て美異は口角を下げた。

「これは……、いけませんね。これでは陵辱が、ない」

 騎士たちはなおも美異に対峙している。

 それが美異の癪に障る。

 まだ背を見せて逃げていればかわいげがあるものを……。


 群体に依存して思考を放棄した働き蟻を、美異は皆殺しにすることにした。


 美異は手のひらを上に向けて騎士たちに右手を伸ばす。

 美異の手のひらには、黒い球が乗っていた。

 いや、それは球ではなかった。


 穴だ。


 夜の闇の中でなお絶大な存在を誇示する暗い穴が、空間に浮かんでいた。


 穴は美異の手から離れると、ふらふらと上昇しながら騎士たちの頭上に浮かんだ。

 そして、大気をかき乱しながら活動を開始する。ゆっくりと、吸引を始めたのだ。

 穴の周囲は光が捻じれ、遠近感が壊れる。

 騎士たちは、微かな引力を感じた。

 そして、それを感じたときにはすでに身体の異変に気付いた。後ろに下がれないのだ。

 ゆっくりと、ゆっくりと穴に引きずられていく。

 最初の騎士が穴に引き込まれる。

 美異の手に乗るほどの小さな穴だ。騎士の身体は入らない。


 そのはずだった。


 穴に近づくと、騎士の身体はぐにゃりと筒に通すように細くなった。

 音すら穴に吸い込まれるその空間で、ただ淡々と、ゆっくりと騎士の身体は細くなっていく。

 畳まれる本人だけは骨の砕ける音と、自身の悲鳴を聞いただろう。

 騎士は、ストローで吸われるように細長く引き伸ばされると、穴に飲み込まれていった。


 ここに至って騎士たちは自身の確実な死を悟った。

 慌てて逃げようとするがすでに遅かった。

 騎士たちはゆっくりと、だが確実に死の暗い穴に引きずられていく。

 ひとり、またひとりと騎士たちは穴の中に消えていった。


 美異は、その様子を酷薄な笑みと共に見ていた。




 全ての騎士が穴に消え、掃除は終わった。

 美異が指を鳴らすと、穴は消失した。


 そして、その声の主は美異の後ろから姿を現した。

「いいものを見せてもらったよ。それが白金の中でも最強を謳われた新橋美異のブラックホールか」

 美異はその突然の声に慌てるでもなく振り返った。

 声の主はメガネをかけた男、神田惣一だった。

「久しぶりですね、『愚者』。私に用ですか?」

「いや、偶然見かけたからね。素通りも悪いと思って声をかけただけだよ」

「ならば今すぐ消えなさい。見逃してあげます」

 惣一は肩を竦めた。

「そろそろ戻ってきたらどうだい? 黒金なんて退屈だろ?」

「あいにく、私はこの生活が気に入っているんですよ。戻る気はありません」

「あっははは! 君が今の生活を気に入っているって? そのおままごとみたいな学生生活が? 白金最高幹部のひとり、『世界』の称号を持つ新橋美異のセリフじゃないよ、それ!」

 美異は惣一を睨んだ。

 瞬間、惣一の立っていた地面が穿つ。

 だが、惣一はそこから10メートルは離れたところに立っていた。

「今すぐ私の前から消えなさい。さもないと……」

「僕を殺す? やれやれ、ストゥレーガは多かれ少なかれパラノイアだけど、君のは酷いね」

 美異が再び惣一を睨もうとした時には、惣一の姿は消えていた。

 声だけが響く。

「あ、そうそう。飯田恵さん、ね。彼女を黒金に誘うのはやめたほうがいい。彼女はもう、僕たち白金の仲間だからね」

 それを最後に惣一の気配は消えた。美異は、巧の消えた運動公園を凝視すると、走り出した。





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