プレデター
外はもう夜だった。晩春とはいえまだ少し肌寒い。
「う~ん、いい季節だねえ。今が一番すごしやすいね。これから梅雨が来て、その後はどんどん暑くなるからね」
「憶良市の夏はすごしやすいほうですよ」
憶良市は東西に川が流れており、その涼気のおかげで都心ほど暑くならないのだ。
「それでも夏は暑いからねー。でも夏はスイカがおいしいからなー」
「秋はどうです?」
「秋はいいねー。なんでもおいしい季節だよ」
「私は冬の鍋が好きです。私、お鍋って去年の冬に初めて食べたんですよ♪」
「そういえば馬場先輩たちは?」
「くーちゃんは図書室にいたよ。明彦はまだ部活じゃないかなあ」
「正志と恵比寿はどうしてるかな」
「さ~?」
そんなどうでもいいことを話しながら坂を下りる。と、その時前方でぱっと明かりが灯った。
「なんだ?火事か?」
「あそこは運動公園ですね」
俺と新橋は駆け出そうとした。だが、岡地先輩が手を引いて止める。
「まあまあ。そんなに急がないで。ほら、お客さんもいるから」
岡地先輩の声に反応したようにマニゴルドの騎士たちが脇道から現れ、俺たちを包囲する。
「ひょっとしてフォートフィフスへの襲撃か?」
「いやあ、規模と部隊配置からそれはないね。この展開から見て……、たぶん運動公園に飯田さんがいるね」
岡地先輩、なぜか戦略眼が異常に発達してる。
「だけど芳樹は駄目駄目だね。ホームタウンでマニゴルドに先を越されているんだから」
騎士たちは遠巻きに俺たちを包囲して仕掛けてこない。こいつらの目的は、おそらく俺たちの足止めなのだろう。
新橋は、俺をかばうように前に出た。
「おい、新橋」
「はい?」
新橋はこともあろうに声をかけた俺を見て、騎士に背を向けた。
露骨なまでの隙、騎士の一人が迫る。
俺は焦った。
新橋はそんな俺を見て、腰を屈めてにこりと笑った。
「大丈夫ですよ」
剣が振り下ろされる。
だが、その剣は、底響きのする音と共に先だけを残して騎士ごと消失した。
カランと剣の先が地面に落ちる。その前、騎士のいた場所には直径1メートル、深さ10センチほどの穴が開いていた。
新橋の能力は重力だ。100倍、1000倍まで増した自重で、騎士は文字通り圧死したのだ。
新橋が能力を解くと穴から今まで圧縮されていた騎士の成分、血液がごぽごぽと湧き出した。それを見て騎士たちはさらに下がる。
「わあわあ! みいちゃんがやったら終わっちゃうよ!」
慌てて岡地先輩が新橋の前に出る。
「みいちゃんはあれだね。粋じゃないよね」
岡地先輩は小さい手を開いたり握ったりしている。
「いいよ。ここは私が相手するからみいちゃんと巧くんは先に行って」
「大丈夫ですか? けっこう数がいるけど」
「うん、食べ応えあるよねえ!」
岡地先輩は俺に八重歯を見せると、ふっと身を沈めた。そして、サイドスローの要領で思い切り右手を振った。
瞬間、右手が変容した。
岡地先輩の右手は、赤黒い、半液状のものになり、騎士たちに上から降りかかる。
ばしゃりと、半液状のものは地に落ち、しばらく蠢いた後、ずるずると岡地先輩の右手に帰っていった。
残っていたのは倒れている騎士。からんと、騎士の兜が外れた。
中には、白骨化した死体があった。
岡地先輩は、騎士たちを、喰ったのだ。
半液状のものは岡地先輩の胃袋だ。
岡地先輩は身体の一部を肥大化した胃袋に変えて敵を直接消化してしまうのだ。
『プレデター(捕食者)』
それが彼女の称号だ。粋じゃないのはあんただよ。
「さあって、と。久しぶりの食餌だからねえ。おなかいっぱいになるまでつきあってもらうよ~」
岡地先輩は呆然と見ている俺と新橋に気付くと言った。
「ほらあ。早く行って!飯田さんを助けてあげて!」
「あ、はい」
俺と新橋は我に返り、走り出そうとした。
と、その前に一言。
「岡地先輩、その、悪食は直しましょうよ」
「好き嫌いはしちゃいけないんだよ~だ」
俺は岡地先輩のにやり笑いを見て、走り出した。後ろには新橋が続く。行く手を阻もうとする騎士は岡地先輩に喰われた。
俺たちは騎士たちの包囲を突破して運動公園に走った。